「そろそろ跡部呼びに行かな」 そう言ってから樺地に居場所を聞いて跡部部長を呼びに行こうとする背中を、日吉は鋭すぎる目つきで射ぬいた。 背中の主――忍足先輩は少し歩いてから立ち止まり、視線に気づいたようで振り返る。バチリと音が鳴りそうなくらい鋭い日吉の視線と、普段通りポーカーフェイスな忍足先輩の視線が交わった。2人はただ視線を合わせるだけで、一言も発することがない。ゆっくりと時間だけが過ぎていく。と、あの忍足先輩が降参と言わんばかりに苦笑いを浮かべた。そこでハッとする。早く止めないと。 「――日吉!俺と打ち合いしない?」 「チッ……今行く」 舌打ちはされたけど、日吉は思ってたより素直に応じてくれた。いつの間にか握っていた手から力を抜いて、小さく息を吐く。隣を歩く日吉に話しかけながら、恐る恐る後ろを盗み見た。 校舎に向かって歩く忍足先輩の背中は、何だかしょんぼりと落ち込んでいるように見えた。あの背中を見ただけで、ここからは見えない表情も安易に想像できる。 ――止めに入るの遅くなってすみません、先輩! 心の中で謝って、1人校舎に向かう忍足先輩を静かに見送った。 *** 打ち合いというより、一方的な試合のように感じる。時間が経つにつれコートに鋭く突き刺さる黄色は増えていく。それは日吉の心情みたいだった。 「何してるんだあの人は」 「いくらなんでも戻って来るのが遅すぎるだろ」 イライラとともに吐き出されるそれは、まるで子どもの帰りを待つ親のよう。笑っちゃいけないんだけど、笑っちゃいそうだ。隣のコートにいる宍戸さんと向日さんは口に手を当てて堪えてるけど、肩が揺れてるからバレバレですよ…。それでも、今日の日吉は気づかない。朝からおかしいんだ、いつもの冷静さがないって感じかな。 「若ー!」 不意に声が聞こえて、弾かれるように顔を向けた。そこには跡部部長と忍足先輩に挟まれる形で、テニスコートに向かって歩いてくる女子生徒が微笑みながら手を振ってる姿があった。見慣れた顔だ。 とうとう俺も堪えられなくなって、笑いながら相手コートを見た。 「姉さん…!」 日吉が頭を抱えていたのはほんの一瞬。すぐに3人に近づいて行った。相手がいなくなった俺も、必然的に3人に近づく。 後ろを振り向くと、部員のほとんどが驚いたように目を丸くしてる。そりゃそうだろうね、あの日吉が小走りに女の子に近づいていくんだから。その前に、日吉にお姉さんがいたことに驚いたのかもしれないけど。知らなかったらびっくりするよ。だって氷帝のクイーン――日吉名前さんだから、ね。 艶のある髪の毛はショコラ色 (単純に、美しいと思った) 20111205 |