授業が終わってすぐ生徒会室に向かった理由は単純で、教員に提出期限の迫った書類の作成を頼まれたからだ。勿論部活は休みではないが、俺自身書類作りがあったため快く了承した。…そうでなくても期限が迫ってるんだ、了承するしかねぇだろ。 素早く、そして的確に。こんな書類作成は嫌いじゃねぇ。少し前から響き始めた放課後独特の部活に励む声を感じながら、黙々と熟していく。 残りはここだけだと一旦息をついて最後の欄を見ると、過去の資料が必要な項目だった。 「チッ…」 あの野郎、そんなこと一言も口にしなかったじゃないか。新任とか何とか言ってたが、言わなきゃなんねぇ事柄も分かんねぇのか。図書室まで行かないと…そういや、今日はアイツが担当だった気がする。それ以前に本の虫だから毎日居るか。 零れそうになったため息を寸前で飲み込んで、鞄と書類を掴んで生徒会室を出た。今日はもう戻って来る気はないから、ドアをしっかり施錠して。さっきまで苛ついていた気持ちがすっと晴れていくのに気がついて、単純だと自嘲した。 *** やっぱり、居た。 ドアを開けて一番最初に視界に入る図書委員の席で、日吉名前は読書に勤しんでいた。学園内では珍しいくらいにゆったりとした時間を感じるこの場所は、完全にコイツの居場所として定着している。いつだったか、彼女を取り囲むように重なっている沢山の本は全て読破済みなのだと笑顔で言っていたような覚えがある。読んだモンは元に戻せと注意したが、その時も柔らかく笑っていた。 「あ、跡部くん」 足音で気づいたらしく、日吉は本から顔を上げて言った。それと同時に、生意気な後輩と同じ色の髪がキラキラ輝いたように見えた。手入れされていると一目で分かるそれは、目の前にいるコイツと同じ、柔らかそうな印象を受ける。俺に向ける笑顔がそんな印象を感じさせているのかもしれないが。 「今日はどうしたの?また書類作り?」 「あぁ。過去の資料が必要でな」 「それじゃあ、終わったらいつもみたいに報告お願いします」 「毎回悪いな、日吉」 「これが私の仕事だもの。跡部くんもそうでしょう?」 日吉はそう言いながら笑って、資料室の鍵を俺に差し出した。俺はそうだなとその言葉に頷いて鍵を受け取った。 早く済まして部活だ、そう思って資料室に向かって歩き出した。そうしたら日吉が思い出したかのように「跡部くん」と声を上げて問う。 「今日の部活って何時に終わるの?」 「6時だ。…何か用か?」 少し驚いた。コイツの口からテニス部の話題が出てくるとは思わなかった。話があるとすれば、一も二もなくアイツのことだろうがな。すると思った通り、花が咲いたみたいに笑って言った。 「若と一緒に帰る約束をしたの。今朝、家を出る前に若が声をかけてくれて…」 予想通り、だが、まさかアイツから言ったとは思わなかった。だから朝練の時少し可笑しかったのか…。目の前で心底嬉しそうに笑うコイツと、朝から落ち着きのなかったアイツを比べると、自分の口角が上がるのを感じた。自覚すると尚更笑えてきた。 「ククッ…」 「どうしたの?」 不思議そうに俺を見上げる日吉の柔らかい髪を優しく叩いて「なんでもない」と伝えてから、俺は未だに治まらない笑いを抱えたまま資料室に向かった。 飴細工みたいにきらきらな瞳 (思わず笑みを深くした) 20110919 |