抱擁


 
 次いでくる非日常の連続に、私の脳みそはフリーズする直前で、ひとりコテージに帰ったあと動けなくなっていた。
 私は今日、希望ヶ峰学園に入学するはずだったのよね、と自分に確認する。それが修学旅行だといきなり南の島につれてこられて、モノクマと名乗るヌイグルミにはコロシアイをしろと強制されて、混乱しないわけがない。なかったことにするのが1番良いのだけど。
 島から出るには、他人を殺すしかない……。真に受ける人は、どれくらいいるんだろう。実際、やりかねない人はいるのだ。
 1人、ベッドにうずくまるようにして、悶々と考えていると、ピンポーン、とチャイムが鳴り、私は大げさなほど肩を揺らした。

 ひょっとして誰かが殺しに来たとか、ないよね。

 固まって、ドアをみつめる。なるべく気配を押し殺して、来訪者があきらめてくれるのを待とうと思ったのだ。しかしドアをどんどんと叩かれ、なまえ、とよく知った声でか細く名前を呼ばれたので、そうもいかなくなった。
 おそるおそる扉をあけると、そこには涙目の左右田が立っていた。あ、ちがう。涙腺はすでに決壊してしまった。私の顔を見た瞬間、涙は溢れてしまう。ぼろぼろと泣く左右田は、わたしに縋るような目線をよこした。

「なまえ……」

 左右田は、幼なじみで、島にいるメンバーの中では唯一知っている顔だ。その彼であることに一瞬ほっとしたものの、あわてる。

「ど、どうしたの!?」

 さっきまで不穏なことを考えていたものだから、彼の身になにかあったのかと思ってしまう。まさか誰かに追われているんじゃないかと周囲を見渡すけど、外は静かで、人やあのヌイグルミがいる気配は感じなかった。

「なあ、部屋入れてくんね……?あんま1人でいたくねーんだよ」

 左右田は、かぶっている帽子のふちをくしゃりと握りながら、私に言った。
 ただ不安になっただけか。どうやら追われているわけでも、事件が起きたわけでもないようだ。

「まぎらわしいなあ。どうしてこんな夜中に……」
「夜だからこそだろ! 誰か殺しに来たらこえーし。1人より2人の方が安全だろ?」

 誰かが殺しに来たら。
 さりげなく吐き出された言葉に、ぶるりと震える。
 それは左右田にも当てはまる。左右田が殺人を犯すなんて、限りなく、可能性はゼロに近いとわかっているけど、状況が状況だ。考えたくないけど、部屋に入れた瞬間刃物でグサリとか、いかにもありそうじゃないか。彼の場合、後頭部をレンチでがつんと殴ったり。
 妙な気を起こしてないといいけど。
 躊躇していると、拒絶されそうだと察したのか彼はわめきはじめた。

「なんだよダメなのかよ!幼なじみのよしみだろ!」

 いつもは恥ずかしがって隠す癖に、こういう時だけ幼なじみを主張してくるのだから、ずるい。私は左右田に甘いと思う。

「もう、しょうがないなあ」

 まあ、わかりやすい左右田のことだから、もし人を殺すつもりで来てるなら、もっと態度にあらわれるはずだ。
 一応、鍵をあけたままにして、彼を招き入れた。
 左右田は涙や鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。目が赤い。あのあと、コテージに帰ってひとりで泣いていたのだろう。きたないのでティッシュでぬぐってあげた。小さい頃から一緒にいるから、無意識のうちに左右田の世話を焼くのが癖になっているのだ。
 1人じゃなくなって安心した様子の左右田は、わりぃ、と照れくさそうにつぶやいたあと、まだ赤い目許をこすりながら言った。

「これからどうなるんだろーな、オレ達……」

 それは、島の誰もが思っているであろう、まっとうな疑問だった。疑問というより、不安がにじみでたぼやきに近いもの。答えが出ないとわかっているけど、ついつい口に出してしまう。

「さあ。わかんないよ」
「コロシアイなんて起きたりしねえよな……?」

 私には答えられなかった。
 窓の外を見る。ジャバウォック島の夜は綺麗だ。ぽっかりと暗い夜空に、皮肉なほどうつくしい星々がまたたいている。もし、コロシアイなんて、こんな異常な事態に巻き込まれていなければ、この世の楽園に思えたかもしれない。実のところ、地獄なのだけど。
 殺人がおきないなんて、断言はできない。なにより恐ろしいのは、自分でさえ、何もしないとは確信がもてないことだ。追いつめられたら、命をおびやかされたら、狂わない自信なんてなかった。
 自分自身を信用できない。それは、今まで立っていた地面が、ぐらぐらと揺れるような衝撃なのだ。

「でもさ、なまえがいるなら安心だわ」
「えっ?」

 ふりかえった。
 いつの間にか泣き止んだ左右田は、勝手に私の目覚まし時計を分解している。

「だってよ、お前のことはよく知ってるし、他の初対面の連中よりか、そばにいた方が安全じゃね?」
「……私が、左右田を殺すとは考えないんだ?」
「は?」

 彼は、意味わかんない、というふうなきょとんとした表情でこちらを向いた。

「いや、ねーだろ。想像できねーし、したくねーし」
「幼なじみだから?」

 んー、と左右田は考えるようにうなった。

「それもだけど……オレ、なまえのこと信用してっから」

 その言葉に、私は動けなくなって、じっと左右田の顔を見つめた。急激に、自分が情けなくなってくる。彼も、自分自身さえも、信じることのできなかった私が。

「なんでだまるんだよ!」
 はっとする。
「ごめんごめん。そうじゃなくて……」
「あー……てかまた現実思い出して不安になってきた……。やっぱコロシアイ、起きるんかなあ。あとで夜道を歩くのこえーんだけど……」

 しおれるみたいに体を縮こませる彼。
 私はまだじっと彼の顔を見ていたが、ふと思いついたことがあって、微笑むと、子どものときのように彼を呼び、手をひろげた。

「和一くん」
 身体を引きよせ、抱きしめる。
「……へ?」

 と、胸元で、気の抜けた声がつぶやかれる。少しすると、幼なじみに抱きしめられていると状況を理解して、顔を真っ赤にしながらわめきちらした。

「お、おいなまえ!」
「じっとして、和一」
「いや恥ずいんだって!じっとしてられるか!てか、呼び方……」

 私だって恥ずかしいのだから我慢して、と理不尽なことを考えながら、彼の背中をなでる。和一、なんて呼び方をしたのは、何年ぶりだろう?

「小さい頃、よくこうやって泣いてる和一をなぐさめてあげたでしょ?」

 考えてみると、この幼なじみは昔から変わっていなかった。容姿が変わっても、人を信じることができなくなっても、根っこの優しさは変わらず彼の中にある。

「和一は、子どものときから泣き虫だったよね」
「聞き捨てならねえぞ!昔は、お前がからかって泣かせてきたんだっての!」
「はいはい」

 不安だった。
 いきなり無人島につれてこられて、コロシアイなんて異常な状況に巻き込まれて、不安にならないはずがなかった。仲間であるはずのみんなと、疑心暗鬼になり、自分自身すらも信じることができなかった。
 明日から、どうなるんだろう。
 考えれば考えるほど答えは出ず、深みにはまっていくような絶望感があった。

「和一がいてくれてよかった」

 それでも、彼をうたがうなんて馬鹿だった。そばにいてくれるだけでいい。
 なぐさめてあげると言いつつ、私の方がなぐさめられている。泣きそうなのを見られないよう、私は強く抱きしめた。







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