プリズム


 
「総統って、カラスみたいですよね」

 その台詞に王馬小吉は丸い瞳をパチパチと瞬かせた。




 秘密組織『DICE』。
 密かに裏社会を牛耳る悪の秘密結社の拠点。
 その本拠地で、王馬は軽やかな足取りで廊下を歩いていた。
 扉を抜けてメインルームへ。白黒で統一された広い部屋だ。室内はまるでおもちゃ箱をひっくり返したような様相で、天井に吊られたプラモデル、壁に貼った世界地図など王馬個人の趣味が存分に反映されている。普段会議に使用する中央テーブルでは、幾人のメンバーが集い談笑している。

 そこで聞こえてきた冒頭の科白。

 どうやら不在中に王馬の話題になっているみたいだが……それにしてもカラス?
 王馬は首をひねりながらコスチュームを見下ろした。うん、真っ白。自分のどこがカラスだというのか。
 その内一人が入室してきた王馬に気がついて、「あっ噂をすれば総統」と口にしたことで普段は仮面の下に隠れている愛すべき面々がふり向いた。そこで不可解な言葉に虚を突かれていた王馬はようやく我に返った。

「オレ、カラスって好きじゃないなー!嘘だけど!むしろオレって色的に白鳥じゃない?」

 いきなり話に割って行ったにも関わらず、彼らは息ぴったりで答えはすぐさま返ってきた。

「イメージじゃない」
「総統がそんな綺麗な生き物なはずがないでしよ」
「絶対に白鳥だけはない」
「百歩ゆずって鷺」

 満場一致すんな。

「あれあれひどくない?俺秘密結社の総統なんだけど?」

 とは言うものの、いちおうリーダーはいた方が良いだろうという方針で総統という立場をもうけているだけで、たった10人のメンバー間には格差はない。友達のようなものだし、家族のようなものでもある。だから平気で王馬にも軽口を叩くのだった。
 王馬は、彼らの会話に「つまらなくない」空気を感じると、気分を良くし、やいのやいのと好き勝手言い合う輪に勝手に加わることにした。

「もー!そろそろなんでオレがカラスなのか教えてよー!」

 頬をふくらませ、拗ねたふりをすれば。

「さっきね、総統の癖の話してたんですよ」
「オレの癖?」
「総統が、光るものが大好きで、きらきらしたものはついつい集めちゃう悪癖ですよ。だから、カラスみたいってこいつが」

 すぐに返答が返ってきて、王馬はようやく理解に至った。

 昔から、王馬はきらきらしたものが好きだった。視界に光るものを見つけるともう駄目だ。絶対に欲しくなる。
 王馬は短気ではないが、欲しいものは絶対に自分の手元に置かないと気が済まない性質があった。
 それはDICEの活動にも影響を与えている。
 最近の王馬の流行りは「怪盗ごっこ」。この間は収集家からコインを盗み出した。その時に戦果品のコインを前にメンバーの一人に話したのだっけ。
 その結果、冒頭のカラスみたいだという例えらしい。カラスは光るものに執着する習性がある。

(でも、皆勘違いしてるんだよなー)

 しかし、彼らの話には1つ間違いがある。

 決して、王馬は光り輝く物が好きな訳ではない。
 実際に物が光っているかは関係がないのだ。
 王馬にとって魅力的なものが、王馬の視界の中できらきらして見えるというだけ。
 だからカラスのように、きらきらしたもの――例えば缶のフタに一々飛びついたりしなければ、金銀財宝や宝石だって、王馬にしてみれば等しくどうでもいい。先のコインの件は"いわくつきの"という枕詞がつく代物だから面白がったという話。

 つまり、王馬は『きらきらしたものが好き』ではなく『好きなものがきらきらして見える』のであって、彼らは勘違いしているのだが、その勘違いが愉快だったため王馬は訂正しないことにした。正解を言わないという種類の嘘もあるのだ。

「それより、はい!退屈な同士諸君にお仕事を持ってきてあげました!」

 今のところ王馬にごっこ遊びは飽きる気配は無い。
 王馬は、じゃーん、と入手したばかりの美術館の見取り図を広げてみせた。次のターゲットだ。

「はい強欲」
「総統って欲しがりー」
「なんだよー!お前ら欲しくないのかよ!じゃあ分け前はやらないからなー!」
「根こそぎうばいまーす」
「にししっその答えを待ってたよねー!」

 どこか楽しげに言う愛すべき面々に笑みをこぼす。

「オレってさ、欲しいものは絶対に手に入れないと気が済まないタイプだから!何がなんでもどんな手段使ってでも手に入れたくなっちゃうんだよねー!」

 半ば冗談、半ば本気。
 物騒な発言にメンバーのひとりが肩を竦めて、どこか予言めいた忠告をしてみせた。

「執着が物にむいてるうちはいいですけどね」

 本当に予言になるとは知らず。






 春先。超高校級の総統として希望ヶ峰学園に呼ばれた王馬は、いつものようにつまらなくないものを捜し、周囲を見渡している時にそれを見つけた。

 桜の木の下。
 一人の女生徒。
 春一番に舞い上がる茶髪を手でおさえる彼女と、ふいに目が合った。

 たった、それだけ。

(あ、やばい)

 気がつけば、王馬はずかすかと少女に歩み寄り華奢な腕をつかんでいた。彼女は驚いたように目を瞬く。

「はじめまして。……君、名前なんていうの?」

 視界の中で輝く、名前も知らない彼女。
 宝石の煌めきなどとるにたらない輝きに一秒たりとも目が離せない。


 ああどうか、今のうちに逃げてくれ。本気になる前に。
 チャンスがあれば奪いにいってしまうから。





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