きらきら攻防戦


「あ、やば」
「みょうじ……?」

 第3の島の病院。病室の戸をガラガラとあけると、ベッドの上にいた病人と目が合った。
 そいつ、田中眼蛇夢は、病人着を纏った上半身を起こしたまま目を瞬いた。顔色は悪くないが普段の覇気はなくぼーっとした感じがする。いつもはワックスで前髪を固めている髪型が崩れているのが新鮮だった。

 数日前、南国の島で未知の感染症が広がるというパンデミック映画のあらすじのような事件が起きた。
 モノクマがばらまいた『絶望病』。
 一時期は、病にかかった患者たちは高熱にうなされ、命の危機にまで陥ったらしいが、罪木を筆頭とした有志の看病によりすっかり容態は落ち着いたらしい。
 それならば見舞いでも行くかと私が動いたのはいたって自然のことだった。
 が、実のところ、田中の病室に来るつもりはなかったのだ。何故来たのかといえばそれは自分でもよく分からないが……。そもそも他の人に見舞いに来ておいて田中だけのけ者にするのも妙な話だ。
 まあ顔だけ見て帰るか、どうせ寝ているだろうしと軽い気持ちで扉を開けたのだが、バッチリ起きていたし、目が合っている。
 ああ、しまった。静かだからてっきり寝ていると思ったのに……。

 田中がなにも言わないせいで場の静けさが痛い。逃げたい。

「あー……顔見に来ただけだから、それじゃ、ま、お大事に」

 気まずさに負け、私がそそくさ引き返そうとした時だった。

「待て」
「田中?」

 ふいに呼び止められる。
 いったいなんの用か、心底不思議な気持ちで、無駄に彫りの深い顔をのぞきこむ。次に耳に届いた言葉に今度こそ仰天した。

「行くな、みょうじ」

 聞き間違いか。目を瞬かせると、聞こえなかったと思ったのか、行くな、と心細さの滲んだ声で繰り返す。
 エ。私は混乱し、田中の顔と、交互に見やった。
 そうしているうち、さらに田中の青白い指が私の着ているトレーナーの裾を握るのだから、ますます私は混乱してしまう。
 いや、だってさ。

 ――田中って、私のこと嫌いじゃなかったっけ?




 一度、現時点での、田中と私の関係を整理しようと思う。
 突然始まった修学旅行において、記憶が正しければ、私は田中眼蛇夢という同級生に蛇蝎のごとく嫌われていたはずである。

 初めの頃は普通に挨拶もできていた。
 むしろ結構親しい方だった。私の方では田中に興味津々で『へー厨二病キャラ……おもしれー男……』と積極的にコミュニケーションを取りに行ったぐらいだ。今思うとそれを馴れ馴れしいと感じたのだろうか。

「ハ、愚鈍な人間ごときが俺様に近寄るな」
「あ?」

 突然だが、私は喧嘩を売られたら爆買いすることを信条としている女だ。
 そこらのヤンキーにも負けない煽りへの瞬発力は見物だ。この時も存分に発揮され、青筋を浮かべ、即レスからのメンチ切りという物騒な対応へと私を至らせた。
 切ないが、嫌われているだけなら良い。
 私が特に気に入らないのは、奴は明らかに私にだけ突っかかってきている点だ。
 一番優しめな対応をされるソニアと、私への対応の差を一度見てみてほしい。圧倒的格差。33-4。阪神関係ないやろ。
 当然、私はおもしろくない。そもそも田中に近づかなければストレスもないのだろうが毎日何故か顔は突き合わせるので困る。左右田にだってここまで露骨な態度は取らないというのに。(奴は相手にされてないだけかもしれないが……)

 だから、絶望病に感染した皆の見舞いに行くと決めた時だって、彼の病室だけは覗くつもりはなかった。顔を合わせれば開口一番かわいくない皮肉を叩かれるに決まっているからだ。

 ……だというのに、気まぐれに入った病室で、田中に行くなと引き止められてしまった。
 これ誰だろう。覇王節はどこへ行ったの。
 ふだんなら、小生意気な横顔で「さっさと我が領域から出ていけ、凡人が」とか鼻を鳴らして言いそうなのに。うわ容易に想像ができるな。

 一応離れようと抵抗してみせるけど、無理だ。力強すぎて離れない。
 私は抵抗を諦めて傍のパイプ椅子に腰掛けると田中は満足そうな顔をする。
 引きとめられることも、そんな顔される意味も、全然わからない。態度がしおらしいと、逆に怖いんですけど。

「もしかして、そんなに具合悪いの?」

 心配になり、額に手を当ててみるが、うーん。せいぜい微熱くらいだ。
 さっき罪木に会った時も、みんな回復していてきていると言っていた。具合が悪くて頭がおかしくなったわけじゃないと思う。名を呼ばれたことからも、別人に見えているのでもない。うーん、一体どうして………………あっ。

 瞬間、私の頭上で、電球がぴこんと光った。

 聞いた話によると、絶望病には特殊な症状があらわれるそうだ。
 より具体的に言えば、性格が変わる。終里はやたらえぐえぐ泣きむしになり、澪田はクソほど真面目になってしまっていた。
 そして、狛枝は『嘘つき病』。
 彼の『嘘つき病』は特に厄介で、言ったことが全て正反対となって言葉と出てしまう珍妙な症状をもつのだ。
 それを思い出し、私は、ぴん、と来た。

 ――もしかして、田中も『嘘つき病』なんじゃないの?

 そうだとすれば、嫌いなはずの相手に甘えだす田中の態度に説明がつく。
 私は完璧すぎる推理に身震いがした。待って天才すぎ。これが推理ゲームなら間違いなく無双してたね。

 つまり、田中が熱でおかしくなったわけではない。
 さらには、しおらしい態度も今だけの期間限定というわけで……そして奴は言動全てが心象とは正反対の発言をしてしまう状態…………症状は田中自身にも制御できるものではなく…………病室には私一人のみ…………ふうーん。

 私は不思議の国のチェシャ猫のような笑顔を浮かべた。

「ねえ田中」

 不可解な状況が理解出来たことで余裕が生まれ、次に私の中にふつふつ湧いてきたのは悪戯心だった。

「ねえ、私のこと好き?」
「好きだ」
「大好き?」
「大好きだ」
「愛してる?」
「あ……いしている」

 あんなにつんつんしてる態度がどこへやら。何度も恥ずかしい台詞をオウム返しする田中に、私は頬をふくらませて笑いをこらえた。
 こんな田中は超絶レアだ。SSRどころかUR。
 ……電子手帳に録画機能とかついてないのかな。
 あとで動画をみせたら、田中の奴憤死するかもしれん。
 想像して、私はぷぷぷとモノクマみたいな笑い声をあげてしまう。

「ってか普段からこれくらい可愛げがあったらいいのに……まあ、嫌われてんだから無理だろうけど」

 何となしに呟いた言葉だった。
 それがどこか寂しげに響いてぎょっとしてしまう。
 ……いやいや、私別に田中のことなんかどうでもいいし?気のせい、気のせい。

「……それは」
「ン?」
「それは違う」

 何が言いたいのかわからず、操作していた電子手帳を膝においた。

「え?なに?」
「俺が、お前を嫌っている、という、話」
「うん」
「貴様といると、緊張して、上手く話せずに、つい冷たい態度になるからで……」

 ──だから、嫌いなわけじゃない。

 思わぬ言葉に、私はひゅっと息をのむ。少しの間、言葉の意味をはかるように頭の中で反芻していたが、ふと我に返った。

「あ、あはは……びっくりしたあ。マジかと思っちゃったじゃん」

 田中は嘘つき病。つまり今のも嘘ってことで。
 まだ心臓が高鳴るする。あれ。なんでこんなにドキドキしてるんだろ。耳のそばから鼓動が聞こえてくるようだ。
 私はあわてて立ち上がった。立ち上がる時にパイプ椅子をかかとで蹴っ飛ばしそうになる。

「じゃ、じゃあ、もう帰るから」

 逃げるように廊下へと飛び出ると、罪木と鉢合わせた。

「みょうじさん!?あ、あの、病院の廊下を走るのは、ちょっと……」
「罪木!田中の奴、マジで具合悪いっぽいから早く行きなよ!というか私が無理!!」
「な、何があったんですかぁ……」
「いまのあいつ気色悪いことしか言わないの!嘘つき病ってあんな恐ろしいことになるの!?」

 困り眉をさらに下げて、罪木は首を傾げる。

「ええっと、田中さんは嘘つき病じゃないですけど……」
「え」
「田中さんは『正直病』ですよぉ。狛枝さんとは真逆でなんでも正直にこたえちゃう症状で……」

 全てを理解した私はその場にしゃがみ込んだ。

「ってふえぇ!?みょうじさん顔真っ赤ですよ……!?まさか伝染ったんじゃ……!?」
「違うからほっといて……」






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