二月十七日、別にこの日に意味はない。ただ私が生まれ変わった日がたまたまその日だっただけで、残念ながら正確な誕生日という定義には当てはまらない。ユミルとして生きている年数を数えれば周りにいる奴らより格段に長いことに変わりはないが、まあ人間誰しも誕生日、生まれた日があるのは当然のことなわけで。結果、今の私の存在を証明するひとつの要素でもある誕生日という名目の日付が自然と二月十七日になったという、だだそれだけの単純な話なだけだ。

「誕生日おめでとう、ユミル!」

嘘をつくのが下手くそなクリスタが企画したサプライズなんていうものが私に通用するはずもないのは誰もが分かっていただろうに、成功させる気があるなら誰か止めさせとけばよかったのにと呆れて何も言えず出てきそうになったため息を飲み込む。まあでも、祝われて嬉しくないわけではないし本人は至って真剣そのものだ。

「うっわ、クリスタまじか、そういえば誕生日か私!いやいやびっくりしたわ私泣いちゃいそうだわ」

いとも簡単に口から出てくる嘘はもう手慣れたものだ。私はクリスタとは違う、嘘を上手く使いこなせる。まあ今回は別に嘘を隠すつもりもなく呆れが勝って棒読みだからかクリスタ以外の後ろに立つ奴らは、特にミオなんかは疑うような細い目でこちらを見てくる。なんだ文句あんのか、分かりやすいクリスタを止めなかったお前らが悪いだろ。
クリスタなんかは私が適当に言った泣くというワードに「そんなに嬉しい!?やったー大成功!みんな大成功だよ!!」と一人はしゃいでいた。そんなクリスタにミーナとハンナは苦笑しながら頷いてはいるが他の奴は大成功という言葉に頷きはしなかった。まあ確かに私も逆の立場だったら頷くことは出来なかっただろう。

「おめでとうユミル」

「…おめでと」

「おーおー、お前らもさんきゅーな」

ミカサとアニからまさか自分におめでとうという言葉を言われる日がくるとは、と思いつつも渡されたプレゼントを受けとる。まあこいつらが悪い奴じゃないのは知ってるから悪い気はしない。そんなことを考えながらもクリスタに抱きついていると不意にサシャと目が合った、そうして奴は私と目が合うなり顔を青くしては隠れるようにミオの後ろへ回り込む。盾にされたミオはミオで「ちょっとサシャなに私で隠れようとしてるの」と力ずくでサシャを引っ張り出そうとしている。ああ、なるほどそういうことか。

「おいおいなんだよ、ミオとサシャからはプレゼントないのかよ」

「………」

「…えっ、いやえっとですね!ああそうそう、私はミカサと一緒なんです!割り勘ってやつです!」
「それは違う、サシャは一銭も出していない」

「みかさああああ」

「おいおい聞いたかクリスタ?あいつらは私の誕生日を祝ってくれないんだってさ…こんな悲しいことってないよなあ」

「しょうがないよ、あの二人は罰走させられててプレゼント買いに行く時間が無かったから…」

私ががっかりしたように肩を落とすと「でも、二人だってユミルを祝う気持ちはちゃんとあるから!」とクリスタは何とかフォローしようと言葉を選んでいた。そんなクリスタの言葉にそうだそうだとサシャが大きく頷いているのを見て少し腹が立ったが、いい案が思いついて「そうか、そうだな、祝う気持ちはあるのか」と私も頷きに便乗した。

「じゃあその祝う気持ちとやらを、ぜひとも見せて頂こうじゃねえか」






「そうだ、私そういや馬小屋の掃除当番かー誕生日なのに」

「もう疲れて歩けねえよ、誰かおぶってくんねえかなあ」

「あー座学のせいで肩凝ったわー」

「あー痛い痛い、私腰痛めてて重たいもん持てねえんだよなー」

「パン一個じゃ足りねえなー私誕生日だし、足りねえよなあ?サシャ」

「ひえええパンだけは!パンだけはあああ」

誕生日という理由でとにかく一日中二人をパシらせてみれば、それはもう嫌な顔しかしなかったが何だかんだで全部やってくれた(まあ食べ物のこととなると目付きが豹変するサシャにはさすがに敵わなかったが)。クリスタに何度も止められたがこれがまた楽しくてあっという間に時間は過ぎて、そんな優越感に浸っていた一日ももう終わりを迎えようとしていた。

日中は晴れていたというのに、夜中になると外は霧にも近いような小雨が降り始めていた。眠れなかった私は明かりが消された暗い部屋の窓辺に肘をついて外を眺めた。今日はなんの変哲もない日だった。もうすぐやってくる明日も今日と同じ、二月十八日と数字が変わるだけで変哲もない日だ。
しばらく何も考えずに外を眺めていたら、ふと誰かがこちらに近づいてくる気配を感じて後ろを振り向く。その先にいたのは予想外にもミオで、奴は何を言うわけでもなく目を擦りながらも私の隣に座った。

「なんだお前、こんな時間に」

「ユミルこそ、どうしたの」

「今日はお疲れなんじゃねえのか?よく働いてくれたからな」

「ほんとユミルいい性格してるよね」

「褒め言葉として受け取っておく」

私の返事が気にくわなかったのかミオは一度不満そうな表情をしたがすぐに普段の表情に戻り外へと視線を移した。

「…雨、降ってるんだ」

「今はまだ静かだが、さっきより強くなってるし明日になりゃ荒れてるんじゃねえか?」

教官のがいい性格してるだろ、と明日の訓練予定を思い出しながら私が呟けばミオが小さく頷いたのが視界の隅で見えた。明日は闇討ち有りの崖登りだったか、教官が天気の荒れる日を選ばないわけがない絶好の訓練だったはずだ。

「誕生日翌日なのに災難だね」

「別に災難でもなんでもねえよ…もともと私に誕生日なんて日はねえし、」

自嘲にも似た私の乾いた笑いは未だに降り続ける雨の音にかき消された。先ほどの仕返しのつもりなのかは知らないが嫌味っぽく言ったミオは私の言葉に不思議そうにこちらを見た。こんなことを言ったところでこいつが理解できるわけがないんだから説明する気は全くないが。誕生日でもないのにこき使われたことに怒るのかもしれないとも思ったがこいつが怒るなんてこと自体想像できなかった。そんなことをぼんやり思いながらもこちらに視線を寄越したミオに私も奴を見る。しばらくしてからミオはまた雨が降る外へと視線を戻した。

「…ユミルが何をいいたいのか分かんないけどさ、でも誕生日がないなんてあり得ないでしょ」

「は、なんでだよ」

「そんなの、ユミルがそこに存在してるからに決まってるじゃん」

誕生しなきゃ存在しないのは当たり前でしょ、と頬杖をついたミオの目は眠くなってきたのか瞼が少し下がっていた。そんな思わぬ奴の言葉に、お前に私の何が分かるんだよ、と言おうとしたところでその言葉を自然と引っ込めていた。違う、もしかしたら私が間違っていたのかもしれない。ふとそんな考えが小さくも確かに頭の隅に過ったからだ。

「たとえば今日が正確な日にちじゃなくたって、別に私たちは二月十七日を祝ってるわけじゃないんだからさ。ユミルの誕生を祝ってるんだから、素直に祝われてればいいんだよ」

「…………」

私の何が間違っていたのか、外に視線を向けたまま淡々と発したミオの言葉でようやく気づいた。そうか、私はてっきり誕生日が自分の存在を示してくれるものだと思っていたが、それは実は逆で、自分が今存在しているからこそ誕生日という日付が存在するのか。それは本当に子どもでも分かるほど単純な話で、ただ逆に考えていたという事実に気づいただけで私の中の引っかかっていた歯車が再びかみ合い始めたような気がした。

「あとさ、言い忘れてたんだけど」

「……なんだよ、」

「誕生日おめでとう、ユミル」

「…は、言葉だけで相変わらず祝う気持ちがあんのか分かんねえツラだな」

ちらりと暗闇に浮かぶ時計を見れば十二時はとうに過ぎていた。こいつも無駄に律儀だけどバカだな、もう日付変わってんじゃねえかよ。寝てる奴らのためにもおかしくて出てきた笑い声を最小限の音量にとどめた。それは二月十七日という日付にこだわらなくていい、ということでミオはあえて十二時を過ぎてから言ったのかもしれない、と考えてからその考えを取り払う。いや、ミオがこんな計画的にものを考えて言っているとは思えない、だってこいつバカだし。笑いながらもミオの頭を雑に撫でてやると奴は不思議そうにこちらを見てから、私に叩かれるとでも思ったのか少し警戒するように肩を強張らせた。ほんと見てて飽きない奴だな。

「…まあでも、ありがとな」

「………ユミルがデレた」

「あ?今だけだぞデレてんのも。早起きしてラッキーだったな」

「え、これ早起きって言わな……いたたたた」

誕生日なんてものは必要ないと思っていた私は、いつの間にか誕生日ってのも悪くないと思うようになっていた。誕生を祝うなんて簡単に言ってくれるけど、真実を知っても尚、いくらお人好しといえどこいつらは心から私の誕生を祝ってくれるのだろうか。そんなことも考えたりしたが何だかもうどうでもよくなっていた。だってこいつらは、今日私の誕生日という日に、こうしておめでとうという言葉を聞かせてくれたのだ。なんかもう、それだけでいいと思えるようになっていた。
力を込めてミオの頭を撫でると奴の髪はすっかりボサボサになっていて、そんな姿にまた私は笑うのだった。





02/17 Happy Birthday Dear Yumir !


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