「ミオ、そのパン食べないなら私が」

「誰も食べないなんて言ってないでしょ、昨日の今日で調子にのるなバカ」

「私バカじゃないですよう!」

「そういうところがバカなの」

「どこですか!」

「それよ、それ」

朝から食堂が騒がしいなと思えば通過儀礼の問題児であったサシャとミオの声であることが分かる。明るい元気なサシャの声とは反対に静かで落ち着いた声のミオ。ただでさえあの入団式で目立った二人が会話をしていれば少し騒がしい食堂でもそれなりに浮くのは当然と言えば当然だと思う。

昨日の夜、結局ミオはパンも水も受け取らずに宿舎に戻ってしまったので少し心配していたけれど彼女の無事な様子を確認できてほっと胸をなでおろす。それでもきっと何も食べていないのだからお腹が空いているに違いないと思い、自分の朝食を受け取ってから運良く空いていた彼女の前の席へと向かう。

「おはよう、ミオとサシャ。ここ座ってもいい?」

「はっ、あの時の神様!」

「おはよう、どうぞ」

許可をもらってお礼を述べてから席につく。ミオもサシャも元気そうで安心したけれど実のところミオはどうなのだろうと前で食事を取る彼女を見る。相変わらずその表情に変化は見られない。

「昨日は本当にごめんね、私がちゃんと食糧二人分とっておけたら良かったんだけど」

自分の手元にあったパンを半分にちぎってミオに食べるよう差し出す。サシャに食糧を与えたにも関わらず同じく一緒に走っていた彼女に与えないのは自分の中で腑に落ちなかった。そんな私の差し出した手に気づいた彼女は手を止めて少し首を傾げた。

「あなたがそこまでする必要性が感じられない」

「人を助けるような真似をして結局ミオには中途半端なまま終わらせちゃったから、せめて食べてほしいなって」

きらきらと目を輝かせて私のちぎったパンを見るのはミオの隣のサシャだ。お皿を見る限りでは彼女は既に朝食を完食したらしいけれど、お腹が鳴っているあたりまだ食べ足りていないのだろうか。

「あなた、名前は」

「…クリスタ。クリスタ・レンズ」

「クリスタ、私を助けたいのなら私のパンを横取りしようとするサシャをどうにかするためにもサシャにそのパンをあげた方が私のためになると思うんだけど」

ミオが一言で淡々とそう言い切れば数秒してからサシャは意味を理解したのか「そう!そうですよ、ミオのために!」と賛同するように力強く頷いた。ミオがそう言うものの本当にそれが彼女のためになるのだろうか。私がどうするべきかと戸惑っているとさらにミオが口を開いた。

「嫌なら無理に譲る必要はない、厳しい訓練の中食べれる時に食べた方がいいのは事実。サシャはしっかり朝食一人前を食べたし、私も一人前食べる。だから心配される必要がない。それに、サシャに下手に餌付けすると変になつかれるからあまりお勧めはしないし」

現に、私が昨日パンを譲っただけで寄ってきた。そうミオは付け足しながらもため息をついた。サシャは「ああっ、余計なことまで言わないで下さい!せっかくの神様の慈悲深いパンが!」と叫びながらもミオを揺すっている。

「だいたい、サシャは昨日は譲ってくれてありがとうございますとか言ったくせに未だに私のパンを狙うあたり感謝の気持ちすらあるのか疑問だけど」

「も、もちろんミオには感謝してますよ?ただ、昨日のを見る限り少し小食なのかなあと思っただけで」

「言い訳する奴に神の慈悲深いパンは相応しくない」

「言い訳じゃないですよ!」

言い合いしている二人がなんだか可笑しくて小さく笑う。昨日一緒に走っただけで翌日の朝からこんなにも人は仲良くなれてしまうのかと言われればきっとそれはミオとサシャだからかもしれない、なんて思ってしまう。
通過儀礼でのミオと教官とのやりとりを見る限りでは口論ではミオに勝てる人はそういないのではないかと彼女の頬に貼られた痛々しいガーゼを眺めながらぼんやりと昨日のことを思い出していると、どうやらサシャがミオとの口論に勝てずに項垂れていたので持っていたパンを彼女に差し出せば直ぐに笑顔になって美味しそうに食べた。

「サシャ、クリスタにありがとうは」

「はひはほうほはひはふ」

「飲み込んでからだよバカ」

「二人とも一気に仲が良くなったね」

そう笑って言えばミオが不思議そうにこちらを見た。サシャが喉に詰まらせそうになりつつも必死にパンを噛み締めて飲み込もうとする間にミオはしっかり彼女の背中を擦ってあげている。それは無意識の行動なのだろうか。寡黙そうに見えてミオはしっかり自分の意見を述べるし、感情を表に出すことも極めて少ないけれどちゃんと優しさを持ち合わせているのだと昨日今日で彼女のことが少しずつでも分かっていく。

「これで仲が良いように見えるの?」

「うん、見えるよ」

「…ぷはっ!あー、死ぬかと思いました…」

「このバカサシャと仲が良い…」

そう呟くミオは怪訝そうにサシャを見て「やりましたねミオ!私たち友達ですね!」と詰め寄ってくる彼女を遠ざけようと抵抗しているものの、心なしかいつもより嬉しそうに見えるのは私の都合のいい錯覚かもしれない。自分の意見には素直なのに認めたくないことにはとことん素直になれないのだろうか、そんなミオがなんだか微笑ましくなった。

そうして少ししてからミオが私より先に朝食を食べ終え席を立ったところで、うっかりしていた私は彼女を呼び止める。

「頬の傷、まだ痛む?」

「ああ、まあ痛いけど大したことじゃない」

「私、腫れに効く塗り薬持ってるから使って」

「いや、大丈夫。すぐに治るから」

気持ちだけ貰っておくよ、と言い残して食器を片付けに行く彼女の後ろを慌ててサシャも付いていく。そんな二人の後ろ姿を見ながらも、やはりミオは人に助けられることから意図的に避けているのかもしれないとぼんやり考えた。それは水を断られた昨日から何となくだけれど思っていたことだった。昨日ミオが去った後にやって来たユミルの言葉で更に現実味が増した。人に助けられることを避ける、というのは言い方を変えれば借りを作ることを拒んでいる、なのだろうか。そこまで詳しくは分からないけれど彼女には何か後ろめたい事情があるのだろう。
サシャは私のことを神様がどうだとか言っていたけれど、そんな大それたものに私がなることは到底あり得ない。私は自分の都合で人を助けてはその都度自分に安堵して、それでいて自分のことで常に頭がいっぱいなのだから。そんな私だからか、人の助けを必要としないミオは尚更物珍しく感じてしまったのだ。
これからの訓練兵生活はそう短いものではない。通過儀礼でのあの妙に確信めいた印象深い彼女の言葉のせいか、なぜだか彼女のことをもっと知りたいと思った自分がいた。


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