「対人格闘の訓練って本当にだるいよなー」 「ろくに点数にもなんねえし、同じことの繰り返しだし」 「まあ持久力の辛い訓練とかよりは全然マシだけどな」 次の対人格闘の訓練のため、訓練場の広場に向かっている間にそんな声がちらちらとミオの耳に入ってくる、これもいつものことでミオは特に何を思うわけでもなく彼らの意見に心の中で同意していた。 今週は特に、教官の今後の訓練の大掛かりな準備による時間の埋め合わせのためか対人格闘の強化期間だのなんだのという名目でこの訓練はこれから頻繁に行われることになる。ミオにとってはこれは絶好のサボりのチャンスだと踏んでいるのだが確かに面倒くさいことに変わりはない、そうしてミオが小さくため息をついていると不意に後ろから誰かに抱きつかれ肩にずしりと重みを感じた。誰かなんて振り返らずとも分かったミオはそのまま気にせずに前へと足を進めた。 「ミオ!今日こそ私と組みましょう!!」 「…やだよ、コニーと組めば」 「ええー、次こそ組んでくれるって約束じゃないですか!」 この間コニーと組んで教官に怒られたばっかりなんですから、と付け足したサシャにミオは再びため息をついた。無駄に運動神経が良いサシャと組んだりしたら確実に痛い目をみるに違いない、ミオは自分の対人格闘の才能の無さを少なからず自覚していた。最初こそエレンやミカサたちが軽々とならず者を倒していく姿にミオも自分も出来るのではないかという錯覚に陥り、いろいろな人と組んだりしたが一度たりとも人を投げ飛ばすことは疎か、木刀を取り上げることすら出来なかった。 「サシャ邪魔、歩きにくい」 「ミオが私と組んでくれるなら離します」 「組まないけど離して」 「それはずるいですよ!だったら私も組んでくれても離しませーん」 「そう、じゃあこのまま教官のところ行ってサシャが訓練妨害してくるって報告するけど」 「ええっ!?嫌ですよこの間怒られたばっかりなんですってば!!」 訓練場に着くなりなにかと耳元で騒ぐサシャをなんとかしてミオは自身から引き剥がす。もともと真面目に訓練を受けるつもりがない彼女はサシャがなんと言おうと、他の誰がなんと言おうと誰とも組む気はなかった。対人格闘の訓練はそれなりに教官の目を盗んでサボれるということはミオの経験で確認済みだから尚更である。初めの頃は対人格闘に少し興味が(本当に僅かだが)あったミオも、根っからの負けず嫌いが手伝って無駄に負け試合をするのはもう懲り懲りだった。 そうして対人格闘の訓練は普段の一糸乱れない雰囲気とは打って変わり緩い気持ちで臨む兵士多数の中で行われた。もちろんミオもその一人である。教官が見回りをしている位置から少しずつ人に紛れながらもミオがその動きに合わせるように移動していけば自然と教官の目に留まることはない。何もしないという点では暇ではあるがミオはサボれるというその事実が単純に嬉しかったので特に気にはしていなかった。 暫くの間ミオが組手をしている周りの訓練兵を横目で見ながら人と人の間を縫ってサボりを続行していると、不意に後ろから腕を掴まれそのまま強い力で引っ張られた。ミオは一瞬教官に見つかったのかと心の中で焦りが生じたが、振り返ってその人物を確認してみればそれが予想と掠りもしなかったので思わず目を丸くした。 「え、…アニ?」 「ちょっと、こっち来て」 ミオはわけも分からないまま自分より幾分か低いアニの背中を見下ろした。彼女が対人格闘をよくサボっている一人だということはミオも知っている、きっと今日だってそれは変わらないはずだ。そんな彼女が一体自分に何の用があるというのだろうか。ずるずると引っ張っていくアニにミオは少し不思議に思いながらもそれに従っていると、アニは空いていたスペースまで来ると足を止めてミオの腕を離した。 「どうしたの、アニ」 「ちょっと面倒くさい奴がいるからさ、一時的に私と組んでくれない?」 「なに、面倒くさい奴って…教官のこと?」 「いいからほら、始めるよ」 そう言ってアニはミオに向き直って数歩離れて体勢をとった。いくらその場しのぎの組手とはいえ、木刀がなければ訓練にならないのではないのではないかとミオが半ば呆然としているとアニの目つきが一気に鋭いものへと変わった。 瞬間、ミオの視界は反転していて身体が宙に浮くような感覚に襲われた。一瞬のその間がやけに長く感じたミオは何が起きているのかと頭が答えに追いつく前に地面に倒れていて、硬い地面に思いきり打ちつけられた背中には痛みが走った。 「いっ……!!」 「ああ悪いね、痛かった?」 表情変えることなく飄々とそう言ったアニは倒れたミオを見下ろして手を差し伸べていた。そこでミオはようやくアニに投げ飛ばされたのだという事実に気づいた。最後まで何事もなく平穏にサボり通すつもりだった彼女からすればその驚きは大きかった。 「………いたい」 アニの格闘技が強いというのはミオもそれなりに知っている、最早なぜ自分が投げられているのだろうと原因を考えることすら疲れてしまった彼女はびりびりと腰や背中に走る痛みが怠く感じられて立ち上がることもせず、ただ無心で目前に広がる青い空をぼうっと見つめるだけだった。 back |