あれだけ眠かったはずなのに何故だかミオは夜中に目が覚めていた。上半身だけ身体を起こして辺りを見渡せば当然ながら同室の兵士たちはぐっすり眠りについている。眠気の欠片もなくなってしまったミオはなんとなく外に出たくなったので上着を一枚羽織ってから部屋を出た。

外は時折吹く風が冷たかったがミオは特にその寒さは気にならなかった。真っ暗になった空を見上げてみるものの先ほどまで晴れていたはずのそれはいつの間にか再び雲に覆われてしまっていて星は一つも見当たらない。ミオは特段何をするわけでもなくふらふらと適当に外を歩いていると、不意に見覚えのある人影が彼女の視界に映った。

「……あれ、コニー」

遠くに見えたその影は間違いなくコニーのものでミオは少しばかり驚いていた。彼は気が抜けたようにぼんやりとしていて兵舎の入り口前に座っている、こんな夜中に一体どうしたのだろうかとミオは不思議に思いながらもそのままコニーの元へ向かった。

「こんな夜中にどうしたの」

「うわっ!?……って、なんだよミオか」

驚かせんなよ、とコニーは安心したように息をついてから側に立つミオを見上げた。お互いがお互いに何故こんな時間に、と思う中を少し冷たい風が吹きつけた。

「お前こそ、こんな時間になんで外なんかにいんだよ」

「別に、ただなんか寝付けなかったから。コニーは?」

「…まあ、俺もそんなもんだ」

そう言ったコニーは先ほどと同じようにぼんやりと遠くを見つめた。その横顔は普段の騒がしい彼からは想像がつかないもので、ミオは少しの間隔を空けてコニーの隣に腰を下ろした。

「俺たちさ、」

「うん」

「本当に合格したんだよな」

「なに、今さら」

「いや、なんか、実感ねえっつーか……」

「受かったって分かって、あんなに皆に自慢してたじゃん」

「…まあそうだけどさ、」

自分でも、よく分かんねえけど。前を向いたままそう呟いたコニーをミオは横でじっと見つめた。そうして少しの沈黙が続いてから再びコニーが口を開いた。

「訓練兵もあと二年か……」

「うん」

「お前はたしか、もう調査兵団に行くって決めてんだっけ」

「そうだけど」

「…ほんと物好きだよな、お前もエレンも」

「なんでそんなこと聞くの」

「せっかく兵士続けられることになったのに、そんなとこ志望したら結局死んじまうだろ」

「は、死ぬつもりなんてないけど」

ミオはコニーの言いたいことがいまいち分からないまま、ただ淡々と自分の思うように答えた。そんな彼女に「そんなん今まで死んでいった兵士だって、同じこと思ってただろうけどさ」とコニーは苦笑してから視線を少し下へ落とした。

「俺は実際に巨人とか見たことねえけど、相当ヤバイ奴だってのは分かる」

「…うん」

「訓練兵卒業した後もいつか皆で会って酒飲みに行こうだの話したりしたけど、エレンもお前も調査兵団に入っちまったら、お前らがその時まで生きてるかなんて誰にも分かんねえし」

「…………」

「……まあ、俺がお前らの志望兵科をとやかく言う権利なんかねえかもしんねえけど」

あと二年、長いようで短いだろうな。ぽつりと呟かれたコニーの言葉にミオは再び空を見上げた。空は未だに曇ったままだ。

「…そう、コニーなりに心配してくれてるんだ」

「は?いや、別にそういうんじゃねえけどよ…」

「でも私も同感、多分二年はあっという間」

「……そうだよな、」

「あ、私たちが心配ならコニーも調査兵団にくればいいんじゃない」

「はあ!?な、なんで俺が?!」

「…そんな驚かないでよ、冗談にきまってるでしょ」

突然のコニーの大声に耳を押さえながら「うるさい」とため息を一つつくミオをコニーは目を見開いて見る。ミオは冗談を言わないものだとてっきり思い込んでいたコニーは、そうして感情に任せて大声を出してからしまったと慌てて口を押さえた。こんな夜中に出歩いていることを教官に知られてはいけない、コニーは声の大きさを最小限に留めつつもミオを責め立てた。

「おま…なんだよ今まで冗談なんか言う奴じゃなかっただろ!?」

「そんなに私たちの生存が気になるならコニーも調査兵団入ればいいじゃん、って適当に思っただけだけど」

「……なんだそれ、」

「別に私は軽々しく調査兵団に誘うつもりはないよ」

簡単に命が奪われちゃうような場所だからね、そう言ってミオは耳に置いていた手を外してから更に続けた。

「訓練生活はあと二年で短いかもしれないけどさ、私は短いなりに楽しむつもり」

「…………」

「きっと遊んでられるのも今のうちかなって、今話して改めて思った。コニーの言う通り調査兵団で私が生き抜くつもりでも死なないなんて保証ないからね」

そう言ったミオの言葉にコニーは驚いて彼女に顔を向ける。今まで誰に何を言われようともずっと死なないの一点張りで頑固だったミオが、薄く笑いながらそう言ったのだ。自分の死の可能性を認めている彼女にコニーは再び視線を自分の足元に落とした。身近な人間がいなくなる感覚を彼はまだ経験したことがない、ミオが死ぬなんてことも想像できるものではなかった。

「楽しむって……はは、お前って意外に能天気な奴だったんだな」

「まあね、あとの二年でやりたいこともいっぱい考えてるし」

「なんだよ、やりたいことって」

「それはその日までのお楽しみ」

「ふーん…そういうもんなのか」

「いつ死んでもおかしくない世界だからこそ、楽しみはとっておかなきゃ」

そう言って立ち上がったミオに続いてコニーも立ち上がる。楽しむと言うわりには彼女はその気がないような相変わらずの表情だ。物騒なことを淡々と言ってのけたミオを咎める気にもなれなかったコニーは確かに一理あるなと思いながらも空を仰いだ。薄い雲の後ろで月がぼんやりと鈍い光を放っていた。


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