夕食を済ませた後の、消灯時間までの僅かな自由時間の男子寮のとある一室にて、部屋へ戻ってきたベルトルトの後ろからミオがひょっこりと顔を出せばそれを見た周りの兵士たちは疲れきった顔から一変して一斉に驚きの声をあげた。

「なっ!なんでミオがここに、」

「お前ここ男子寮だぞ!?」

「おいおいベルトルト、まさかお前らってそういう……」

「ええ!?ち、違うよ!!ちょっといろいろあって…」

騒がれることはベルトルトも何となく予想していたものの、いつこの騒がしい声が教官に気づかれるかは分からない。ミオの存在が教官に知られないためにも彼は必死にざわめく同室の兵士たちを宥めることに努めた。
一方のミオは、ベルトルトの広い背中に隠れながら無事に廊下を渡りきり男子寮まで到達したことに少し安心していた。ついさっき追試で合格したばかりだというのに教官に見つかってしまっては今までの努力も全て水の泡だ。ミオはほっと一つ息をついてから部屋を見回した。そうして目がついたのは二段ベッドの上で寝ている人物だ、それが探していたライナーだと分かるとミオは質問攻めにあっているベルトルトの後ろからするりと離れて梯子に手をかけた。

「ライナー」

「………」

「ライナー、ごめんね」

「………」

「…まあ原因がいまいち分かんないんだけどさ」

「………お前なあ、」

背を向けて横になっていたライナーは、謝る気持ちが全く感じられないミオの言葉にため息をついてからその身体を起こした。彼の呆れたような目にミオは何か変なことでも言っただろうかと首を傾げた。

「俺がどれだけ心配したと思ってんだこのバカ」

「いてっ、」

「それなのにお前って奴は…」

「えっと、なんか、とりあえずごめんなさい、?」

未だに状況を理解していない返答をしたミオにライナーは再度彼女の頭を小突く。あの時流した涙を返してほしいとコニーにも文句をぶつけたりしたが彼もミオとそう大差ない対応で「は?涙?なに変なこと言ってんだよ、どうやって返すんだそんなもん」と無駄に爆笑されてしまった。このバカ二人が追試に引っかかるのもそりゃ当然だな、とライナーは逆に納得してしまったくらいだ。

「…まあいい、追試にちゃんと受かってたんだからな、それで良しとしよう。まあ、これでお前がバカなのも104期公認になったがな」

「なんか今凄いムカっときたんだけど」

「気のせいだろ」

ミオの不貞腐れたような顔がおかしくてライナーは笑いながらそのまま彼女の頭をがしがしと乱暴に撫でた。今さらながらにミオたちが追試に合格したという事実に実感が湧いてきてライナーは自然と気分も良くなっていた。ミオとコニーと、またこうして生活を共に出来るのならそれでいいか。二人の努力が認められた結果が彼は素直に嬉しかった。

「よかったな、受かって」

「……ん、まあね、ありがと」

ライナーの手あったかいね、と不意に少しだけ照れたように笑ったミオにライナーは驚いて目を見開いた。ミオの表情が少しずつ豊かになっていることは彼も知っていたが、その表情は初めて見るものだった。こいつも照れることがあるのかと考えているうちに何故だかミオを見ていられなくなった彼は慌てて視線を逸らした。思わず目の前にいる人物が本当にミオなのかと疑ってしまう。そうして視線を逸らした先に見えたのは、先ほどまで騒いでいたはずのベルトルトを含む同室の兵士たちだ、物陰からこっそり頭だけ出しこちらをじっと見ている。その視線がまるでこちらを監視しているかのように感じられたライナーはだんだんと自分の中で何かの焦りが生じてきて咄嗟にミオの頭から手を離した。

「あー…まあ、その、なんだ」

「なに」

「お前、一応ここ男子寮なんだからそろそろ帰った方がいいんじゃねえか?」

ここには飢えた狼がたくさんいるからお前なんかすぐ食われちまうぞ、とライナーが笑って冗談を言うものの、その意図を理解できていないミオが「は、なに、なんで狼なんて飼ってんの」と少し驚いたような顔で真面目に聞き返してくるのでライナーはやっぱりこいつはバカなんだよな、とまた一つため息をついた。


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