今日は空が青く澄んでいて洗濯日和だ。今週洗濯当番に当たっていた私は、洗い終えた皆の洗濯物を腕いっぱいに抱えていた。他にも当番の子はいるはずなんだけど、非番で街にでも出掛けているのか部屋に残っている女の子たちは少なかった。前が見えないくらいに山積みになった衣服をなんとかして庭まで運ぼうと廊下をふらつきながら歩いていると不意に後ろから名前を呼ばれた。

「クリスタ、手伝うよ」

「ミオ」

大丈夫だよ、と言いかけて後ろを振り向こうとすればその反動で手の中の不安定な山がぐらりと揺れるのを感じた。あ、いけない、声をあげるにはもう遅くて宙に舞った洗濯物たちがやけにゆっくりに見えた。ふわりと石鹸の香りも一緒に舞う、ああ、せっかく洗ったのにもう駄目だ。そう思った矢先、その洗濯物は床に落ちることなくいつの間にかミオの腕の中にあった。どうやら落ちる前にミオがキャッチしてくれたようだ。

「全然大丈夫じゃないでしょ」

「え、あ、ありがとう…」

そのままミオは私の腕から半分より少し多いくらいの洗濯物を取って前へ進み出した。少し遅れて私もその後をついていく、当番でもないのになんだか手伝わせるのが申し訳なくて彼女に謝ると「なんで謝るの」と返されてしまった。

「だって、ミオ当番じゃないのに」

「別に、暇だったしクリスタ一人で大変そうだったから」

私の洗濯物もあるし、と言ったミオは両手が塞がっている状態にもかかわらず洗濯物を落とさないまま器用に手先だけでドアを開けた。そうしてそのまま横にずれて私が通り抜けるまでドアが閉まらないように足で押さえていてくれるのだ。ありがとうとお礼を言えばどういたしましてといつもの調子で返ってくる。
ミオはこうして度々私を何度も助けてくれる。それなのに私は彼女を助けたことなんて一度も無いように思う。たしかに私がミオを助けてあげれることなんてたかが知れているかもしれないけど、それでも自分ばかり助けられるのはいい気分ではない。私だってミオの力になりたいのに、自分の無力さに改めてため息をつきたくなった。

庭に出ると、少し風は冷たいけれど太陽の光が暖かくて気持ちが良かった。この真冬の季節にしては今日は比較的気温が高く、洗濯物も日光ですぐに乾きそうだ。干し竿を用意しなきゃ、と思い立つと同時にそれもミオが手際良く設置してくれる。

「私も干すよ」

「そんな、運んでくれただけで十分助かったよ」

「クリスタこの高さじゃ届かないんじゃない」

「…そ、そんなことないよ…っほら!届くでしょ!」

「…まあ、背伸びしすぎて足攣らないでね」

そう呟いたミオは洗濯物を一枚取って背伸びもせずに楽々と干し竿に引っ掛けていた。ミオは私とだいぶ身長差もあるし仕方のないことではあるけれどなんだか悔しい。私も洗濯物を手に取って一生懸命竿へと手を伸ばす。やっと一枚干せた、と思ってミオの方を見れば彼女はもう五枚近くは干し終わっていた。なんとなく予想はついた事ではあるけどこうも分かりやすいと逆に落ち込む。

「…ミオばっかり、ずるい」

「え、なにが」

声に出すつもりは全く無かったのに気づけば口を開いていた。それでもどうしようもないこの自分の弱さを認めざるを得ない状況に私はどこか必死で、驚いている自分とは反対に口から次々に言葉が出ていく。

「私だって力になりたいのに」

「なんで、いつも力になってくれてるでしょ」

「でも空回りばっかりしてる」

「そんなことない、クリスタは命の恩人だってサシャが言ってたじゃん」

あの助けがなかったらサシャ死んでたかもね、と洗濯物を干しながら淡々と言ったミオに思い出したのは訓練兵になった初日のことだ。そうだ、あの時、私が中途半端に出しゃばったせいでミオまで助けることが出来なかったんだ。分かってる、力になりたいなんていうのは建前だけだ。本当は助けを必要としている人を助けることで私は自分の存在価値を確かめたい。私はただその一心で、助けるという名目で自分の存在意義を他人に押しつけているのだ。でも、こうでもしないと私は生きていく意味を見出せない。いっそ死んだっていいんだ。誰かのためにと死ねたら、きっと皆が私を認めてくれるだろうから。ああ、もともと生を受けなければ良かった話なのにどうして私はこんなことで悩んでいるのだろう。

「…私は、自分の都合で他人を利用してるんだよ」

「…………」

「…最低だよね、私は生まれてきちゃいけなかったのに、他人を利用してまで自分を認めてもらうことに必死になってるの」

「……なにそれ」

てきぱきと作業をしていたミオの手がふと動きを止めた。少し音程が低くなったその言葉にミオの方を見れば彼女もこちらに視線を移して目が合った。

「クリスタが生まれちゃいけないなんて、誰が決めたの」

風が少し強く吹いて洗濯物を揺らした。ミオの視線に金縛りにあったかのように動けなくなる。風に漂う石鹸の香りに息が詰まるような感じがした。違うのミオ、私はこの世にいない方がいい人間だって、もう生まれた時から決まってて、だから誰とかじゃなくてこの世界自体が私を拒絶していて、言いたい事がぐるぐると頭を巡ってごちゃごちゃになっていると不意にミオが小さく呟いた。

「あ、やっと帰って来たか」

「…え?」

ミオのその言葉に彼女の視線の先を辿れば、その先には見知った子たちがこちらに向かってくるのが分かる。朝からいなかったユミルもサシャもミカサもアニも、ミーナやハンナも、皆いる。

「えっ、みんな!どうしたの?」

「「クリスタお誕生日おめでとーう!」」

そう声を揃えてずいっと花束を差し出される。ピンクを基調とした花からふわりと甘い匂いが広がった。皆の言葉に思考が止まる、誕生日って、私の?ぱちぱちと皆が拍手をする中、私だけがその状況に一人ついて行けずにいた。

「…な、なんで知って」

「隠そうとしたって無駄に決まってんだろ、バーカ」

私には全部お見通しなんだよ、と言うユミルを見上げれば乱暴に頭を撫でられる。私に誕生日は必要ないもので、この世に生まれたことなんて祝われちゃいけないのに。どうして。どうして皆、こんなこと。そんな思いは驚きのせいか頭に浮かんだだけで声にはならなかった。

「ごめんね誕生日なのに当番ほったらかして!すぐやるから!」

「…せっかくの誕生日なんだろ、今日は当番なんて私達に任せなよ」

「どうしても今日お祝いしたかったの」

「皆で街に、クリスタにプレゼントを買いに行っていた」

「ちゃんとお菓子も買ってきましたから後で皆さんで食べましょうね!ふへへへ…」

私を囲ってどんどん話を進めていく皆にただただ呆然としていればミオが少し屈んで私の目線とその瞳を合わせた。

「最低なんかじゃないよ」

「………なんで、」

「みんな、クリスタが生まれてきてくれたことに感謝してる。本当に、ありがとう」

そう言って優しく笑うミオに箍が外れたかのように一気に視界が滲んでいく。拭っても拭ってもぼろぼろと涙は溢れて止まってくれない。そんな私の頭を笑いながら優しく撫でてくれる皆に一人一人に抱きつけば優しく背中をさすってくれる。生まれてきたことを肯定されることが、こんなにもあったかいなんて知らなかった。

「っ…みんな、ありがとう…ありがとう……」

私は非力で弱くて逃げ腰で、何度も自分に幻滅しては何度も人生を投げ出そうとした。でもそんな辛い思いは皆といる時だけ自然と忘れられて、皆といれば生きたいと思うこともたくさん増えて。自分の存在なんて、生まれてこなければ良かったなんて、ずっとずっと思っていた。でも私がもし途中で生きることを放棄していたら皆とは会えなかったんだよね。一人で勝手に悩んで苦しんで馬鹿みたい、私の一番大事なものは目の前にあったのに。
ごめんなさい、ごめんなさい、今までの事を全部忘れるだなんて言わない、私の罪を許してだなんて言わないから。だからお願い、死ぬまでは皆との時間を大切にさせてください。




01/15 Happy Birthday Dear Krista !


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