年が明ける前後は、たった数日間だけど訓練兵にも冬季休業がある。この時期は年末ということもあっていろいろと慌ただしい、そのため実家に帰る訓練兵も少なくはない。もちろん僕は兵舎に残る組だ。あの故郷には、まだ帰れない。窓を見やれば雪が少し荒めに降っていた。
帰省するルームメイト達を見送って部屋に戻ろうと廊下を歩いていると不意に後ろから名前を呼ばれた。振り返るとそこにはライナーがいて、その表情は何かを企んでいるような笑みだった。嫌な予感しかしない。

「ベルトルト、今日は予定無いだろ?」

「え?…うん、まあ」

「エレン達の部屋で面白いことやってるぞ、お前も来い」

面白いことって何だろうと首を傾げると、ほら行くぞと半ば強制的にその部屋へ連れて行かれる。たしかに予定は無いけれど心のどこかにある嫌な予感はまだ拭いきれていない。一抹の不安を残しつつその部屋へとたどり着くと、何故かそこには沢山見知った同期が集まっていた。男子部屋だというのにアニやミオたち女子も思いきり混じっている、皆で輪をつくってカードを囲んでいるあたりトランプをしているのだと見て分かった。マルコとアルミン、アニとユミルとクリスタは奥でその様子を見ているようだ。また何か賭けでもしているのだろうか、その五人以外のカードを持つ参加者たちの表情が真剣だった。

「………こっち」

「なっ、バカ!それは…」

「よし、私あがり」

「おいコニー何やってんだ、こいつの手助けなんかすんなよ!」

コニーの手札から抜き取ったカードと手持ちだった残りの一枚をぱっと真ん中に出したミオはどこか満足そうだ。そんな彼女にジャンが舌打ちをするや否や彼の手札からカードを抜いたサシャが「私もあがりましたー!」と嬉しそうに声をあげた。
なんで突然ババ抜きなんて始めたんだろう、なんてことを考えながらその勝負を見守っていると徐々にカードは少なくなっていき、あっという間にミカサもあがりコニーもあがり結局ジャンとエレンが残った。二人が互いの手札を睨み合う中、「さあ、どっちが雪だるまになるんだ!?」とコニーが楽しそうに言う。雪だるまになる、って一体どういうことだろう、たしかに今は強めに雪が降っているけども。
いまいち僕は状況が分からないままで、ジャンとエレンが何度も何度もジョーカーを引き合ってしばらく攻防戦を繰り広げていると不意にジャンが「あ、」と声をあげた。最後に彼の手元に残ったのは一枚のジョーカーだった。

「よっしゃあ!ジャン、お前の負けだ」

「くっそ…お前さっき俺の手札見ただろ!」

「は!?見るわけねえだろ!」

「じゃあ何で俺が負けてんだよ!」

「んなの知るか!お前の運が無かったからだろ!」

いつものように変わらず言い合いを始める二人に皆が苦笑しているとライナーが「ジャン、諦めて行ってこい」と笑いながら声をかければ、ジャンは渋々といった風に小さく舌打ちをしてからコートを片手に部屋を出て行ってしまった。謎だ、負けたジャンは一体どこへ行くというのだろう。僕が意味もなく彼が出ていった扉を見ていると何故だか皆はそわそわとしだした。

「なあ、ジャンいないけどもうやるのか?」

「うーん…これだけの悪天候だし、帰ってくるのを待つと時間は掛かると思うよ」

「いいよもうやっちまおうぜ」

「そうしよう」

「はい、じゃあ皆準備して。ベルトルトはこっち」

「えっ、あ、うん」

ミオに手を引かれてそのまま部屋の真ん中に立つと、皆は僕の周りを囲むようにして先ほどのカードゲームの時のように輪になって詰め寄ってきた。その目はコニーやサシャやエレンたちみたいに何かを楽しそうにしている目と、ライナーやユミルの何か企んでいるように笑う目と様々だ。彼らの手にはそれぞれ三角錐の小さな見たことがないものが握られていて、それが何故か僕に向けられている。怖い。それでもこれだけの人数に囲まれてしまえば逃げ場はなかった。

「ちょっ…皆なにして、」

「いい?せーので紐強く引っ張ってよ」

せーの、抑揚のないミオの声がそう合図を出した直後、耳に響く破裂音とたくさんの紙吹雪が皆の持っていた謎の三角錐から勢いよく飛び出してきた。一体なにが起こったのか、思わず驚いて目を閉じてしまったけど頭の上に紙吹雪がぱらぱらと乗っているのは何となく分かった。そうしてそっと目を開けると皆は一斉に拍手をしだした。

「「誕生日おめでとーう!」」

「……え、」

「やりました大成功です!」

「これは面白い、もう一回やりたいなあ」

「おいミオ、これもっと作れよ」

「バカ言わないでよ、これ一つつくるのがどれだけ大変か」

ひらひらと色とりどりの紙切れが宙に舞う中、皆が僕に向けて言ったのは予想もしていなかった「おめでとう」の言葉だった。その言葉にしばらく思考が停止するくらいには驚いて、皆が僕なんかの誕生日を祝ってくれているという事実がじわりと心を温かくした。もうすっかり忘れていた、自分自身が忘れるほど僕は周りから誕生を祝われるような奴じゃないのに。優しい言葉と笑顔を向けてくれる皆を見てふと思い出したのは、故郷で誕生日を祝われたあの懐かしい微かに記憶に残った光景だった。あの時もこんな風に驚かされたな、あの時はずっとあの故郷で皆と笑っていられると思っていた、僕の運命は一体どこから狂っていってしまったのか。嬉しさと少しの悲しさが入り混じったせいなのか、じわじわと涙が視界をぼかしていった。こんな僕なんかに皆は優しくするんだ、故郷の皆と重なってはわけが分からなくなる。

「おいおい、ベルトルさんが涙流すくらいには感動してくれたみたいだぞ」

「おおっ、そんなに嬉しいかベルトルト!そうかそうか!」

「なんでコニーが偉そうにすんだよ」

「…皆、本当にありがとう」

皆の優しさに触れ合う度に僕の中の罪はどんどん重さを増していく、そうとは分かっていながらも皆と笑い合うその時の僕は、故郷にいた時とは違う、完全に兵士そのものとしてのものだった。
そうしてその後すっかり安心しきっていた僕は、吹雪の中内地まで洋菓子を買いに行ってその名の通り雪だるまになって帰ってきたジャンに気がつかないまま後ろから例のクラッカーを突然鳴らされて再び驚かされるのだった。




12/30 Happy Birthday Dear Bertolt !


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