「あれ?なんですか、その赤い布」

「サンタさんの帽子」

「…はい?」

「だから、サンタさんの帽子」

ちくちくと針と糸を駆使して赤い布から目を離さずにミオはそう言ってのけた。サンタ、初めて聞く名前だ、この104期にいただろうかと記憶を巡らせるものの思い当たる人物はいなかった。というか、そもそもこんな奇抜な赤い帽子をかぶっている人を今まで目にしたことがない。ミオが作ったであろうそれらは既に何個かは完成していて机に重ねて置いてあった。一体何個同じものを作る気なのか、隣で彼女の手元を眺めつつ首を傾げていると不意にミオが私の頭にその赤い帽子をかぶせてきた。ますます意味が分からなくなっていると相変わらず目線は布に向けたままでミオが「サシャにあげる」と言った。

「え、これサンタさんって方の帽子なんでしょう?私が貰っちゃっていいんですか」

「今日だけ、これをかぶるとサンタさんになれるの」

「んん?じゃあ私がサンタさん?サンタさんってなんですか人ですよね」

いまいち状況把握が出来ていない私に、ミオは作業の手を止めて近くにあった古びた本を広げてみせた。そこに描かれた絵はだいぶ掠れていたけれど、たしかにミオが作っているものと同じ赤い帽子をかぶった白ひげのおじいさんがいた。何故だかそのおじいさんが乗っているソリと、それに繋がれている鹿みたいな動物は宙に浮いていた。一通りミオから説明を聞く限りでは、どうやらこのサンタさんとやらは年に一回、一年間真面目に過ごした人にプレゼントを配りにくる人らしい。きっとこの話は外の世界の逸話かなにかなのだろう、彼女はよく外の世界について知っていて、面倒くさがりのくせ一度興味を持ってしまえばなんでも実行したがるのだ。不器用だというのに真剣に帽子を縫い続ける姿は少し微笑ましく思えた。

「あはは、じゃあミオはプレゼント貰えませんねえ」

「サシャだって人に言えないよ」

「私はしっかりこの一年真面目に兵士の務めを果たしましたよ!」

「どの口が言ってるの、私と一緒に104期で最初に罰則受けたくせに」

「あー…そんなこともありましたっけねえ、あれは何というか…」

「おいサシャ、なんだその変な帽子」

ミオに痛いところを突かれて言葉を濁しているとコニーとクリスタがやって来た。二人は不思議そうに私の頭上のサンタ帽を見つめている、その目は心なしかきらきらと好奇心に満ちているように見てとれた。

「ミオが作ってるの?」

「サンタさんの帽子だそうです」

「へえ、なんだかよく分かんねえけど俺達も混ぜろよ!」

「また変なもんを無駄に生産しやがって…」

そう嫌そうに眉間に皺を寄せてミオの手元の赤い布を見るのはジャンだ。そんな彼の嫌味を聞こえなかったかのようにミオは気に留めることもなく「できた」と小さく呟いて席を立った。

「はい、ジャンとコニーとクリスタもかぶって」

「は?なんで俺達まで」

「わあ、いいの?」

「よっしゃ任せろ!」

嬉しそうに帽子を受け取り自主的にかぶったコニーとクリスタとは反対に、当然ながらジャンはそれを受け取ろうとはしなかった。「なんだよジャン、恥ずかしがってんのか?」とコニーが茶化してジャンに帽子をかぶせようとするものの、それを阻止するジャンとでは身長差がありすぎてコニーの手がかぶせるところまでいかない。私もコニーの助っ人として参戦しようかなあ、と考えていると「そ、それ、もしかしてサンタさんの帽子!?」と後ろから驚いたような声が聞こえた、この声はきっとアルミンだ。そう思って振り返ると、案の定アルミンとエレンとミカサがそこにいた。そろそろ夕飯時だからか、先ほどまで静かだった食堂にだいぶ人が集まりつつあった。なんだなんだと自分の頭の上の帽子に周りから視線が注がれているのがなんとなく分かる、少し優越感が満ちて自分は今サンタさんなのだと周りに自慢したい気分になった。

「アルミン達もかぶって」

「ええっ、そんな、僕たちまでいいの!?」

「ん?サンタって何だよ、アルミン」

「ミオ、エレンの分は」

「あれ、一個足りないかも…あ、じゃあジャンがかぶりたくないみたいだから」

そう言うなりミオはジャンに帽子をかぶせようと交戦していたコニーの名前を呼んだ。「やっぱりそれエレンにあげることにする」と彼女が言うと「なんだ、つまんねえの」とコニーは笑いながらも持っていた帽子をミオに渡す。そうして彼女がエレンにそれを渡そうとしたところでその手から赤が消えた。ジャンが彼女の手から帽子を取り上げたのだ、そのまま彼は不満そうな表情で自分の頭へそれを乗っけた。あんなに嫌がっていたのに、と少しその行動には驚いたけれど私としては何となく心のどこかで予想していたことでもあった。ジャンは本当に素直じゃないけど、だからこそ分かりやすい人だ。ミオは一瞬だけ目を丸くしてジャンを見ては意味が分からないという風に眉を寄せた。

「は、何してるの」

「お前がかぶれっつったんだろ」

「嫌なら別にかぶらなくていいんだけど」

「おいジャン、お前いらねえんなら俺に譲れよ」

「馬鹿いえ。俺が先に貰ってんだ、これはもう俺のなんだよ」

帽子一つで変に意地を張るジャンがおかしすぎて笑ってしまいたい、もう喉まで来ている笑い声が出ないようにと口元を抑えた。それでも私の肩が震えているのがジャンにばれてしまったようで「サシャ、てめえ何笑ってやがる」と頭上から落ちてくる拳骨を慌てて避ける。こんなの誰だって笑いたくなりますよ、私だけじゃない、実際アルミンもクリスタも苦笑しているのだから。

「ミオ、早くエレンのも作って」

「分かってる分かってる、…分かってるからそんな至近距離で見ないで怖いよミカサ」

「わっ、私も手伝うよ」

「ありがとうクリスタ、助かる」

結局最後の一つがジャンのものになった今、ミカサはエレンに自分の帽子を譲ろうとするもののエレンはジャンの物言いに未だ不服な様子でそれをきっぱり断った。それでも、アルミンにサンタについて聞いたのか「俺もサンタになりてえ」とエレンが呟く度にミカサのミオへの威圧が理不尽に増していった。ミオも可哀想に、ジャンの我が儘でミカサの威圧を受けることになるなんて、と他人事のように眺めていると「サシャも手伝って」とミオが言うのでそれに頷く。
ちらちらと視界のあちこちに入る赤、同じ帽子をかぶった皆が周りにいる。なんだか皆でお揃いの帽子をかぶるということがただ単純に嬉しかった。そういえば、ミオは皆に帽子を渡しているけれど自分はかぶっていない。そうだ、私がミオのサンタ帽を作ってあげよう。私も裁縫はあまり得意じゃないけれど、ミオが不器用なりに精一杯作ってくれたように、私も頑張ってみよう。

ほのかに香る夕飯の匂いに包まれた食堂は、いつの間にやら既に沢山の人が集まっていて騒がしい。来年も皆とこうして過ごせるのなら、もうこのままずっと訓練兵のままでもいいかなあと小さく笑いながら赤い糸を手に取った。







そうして巡り続ける私たち


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