「おい、お前らどうだった」

例の追試組の後ろ姿を見つけて声をかける、今日の訓練が終わるとすぐに二人は追試の件で教官室へと呼び出されていた、もう結果が発表されていてもおかしくないはずだろう。全力を出しきったからなのか二人は受けてから今日までのこの数日間、訓練中でさえ生気がまるで無かった。最初こそ自信があるとは言い張っていたが、日が経つにつれてその自信も心の中の僅かな不安によって次第に消えていっていた。自分のことではないにしろ俺もこの二人には合格してほしいと思っていたが、いくら励まそうとも見るからに活気がない二人を目の当たりにすれば期待することも重荷になってしまいそうでなかなか出来ずにいた。
俺の声に二人は同時に振り返った、ミオは変わらず平然としているが隣のコニーは俺を見るなり眉を寄せてその目に涙を溜めた。その表情に最悪の事態が頭を過って一瞬たじろぐ。待て待て何で泣き出しそうになってんだ、そういうのやめてくれ頼むから。

「…おいおい、何だコニーお前その面は…」

「…っ、ライナー、俺は…俺は……!」

二人に駆け寄ろうとすると、突然コニーが崩れるように膝をつき床に手をついた。片手には一枚の紙が握られている、返された答案用紙か何かだろう。合格か、不合格か、一番気になる結果を聞くにも聞けない空気が張り詰めた。まさか、まさかとは思いたい、ミオは変わらず平然としている、こいつはまず受かったと考えて間違いないだろう。問題はこの床に拳を打ち付けているコニーだ、コニーだけ落ちたのか。いや、でも俺は知っている、こいつがいつどこでも隙間時間があれば勉強していたことを。翌日過酷な訓練が待っていようとも夜中でさえ寝る間も惜しんで勉強してたことを。あんなにバカなりに一生懸命やってたじゃねえか、いくらコニーでも簡単に不合格になんてなったりしねえだろ。

「おい、ここ通路のど真ん中だぞ…冗談はよせよ」

廊下には俺たちしかいない、辺りがものすごく静かな気がした。コニーの涙が一雫だけ落ちて木製の床に染み込む、思わず俺までコニーにつられて泣きそうになった。これはもう認めざるを得ない。ああ、バカは俺だ。もっと俺が教えてやってたら結果だって変わっていたかもしれない、こいつを助けられたかもしれないのに。ただただ後悔だけが頭を支配していく。コニー、お前はよく頑張った、そんなお前を誰も責めやしない。お前はいい奴だ、いつだってお前がいればそれだけで皆バカみたいに大笑いできたんだ。もう何度お前に笑わされたか分かんねえよ。なのに俺はお前の力になってやれなくて本当にすまなかった。だがな、たとえお前が兵士を辞めても俺たちはずっとお前の味方だ、心友だ。だから泣くな、俺まで泣いちまうだろ。お前が笑ってないと落ち着かねえんだよ。

「…なんでライナーが泣いてるの」

意味がわかんない、と言葉を発したのはミオだ。なんでって、お前受かったからってそりゃねえだろ、コニーとはもう訓練することも出来ねえんだぞ。俺がそう思って目頭を押さえていると不意にコニーが顔を上げた。その目から涙はすっかり消えている。

「俺は、この喜びをどうやって伝えればいいんだ!!?」

「…は、」

「ああそうだ!とにかく、ちょっと他のやつにも報告してくるわ!!!」

そう言うなりコニーは立ち上がって「よっしゃぁぁあああ!!」と叫びながら廊下をすごい速さで突っ切っていってしまった。待て意味が分からん、呆然としている俺を置いてミオが歩き出そうとするがその背中を慌てて呼び止める。

「おい待てミオ」

「なに」

「お前ら、追試は」

「合格したけど」

「………」

当然とでも言うようにあまりにも淡々と発せられたその結果に俺が思考を止めているとミオが何かに気づいて「あ、」と声をあげた。

「なに、ライナーもしかして不合格だって勘違いして一人で勝手に思い出とか振り返ったりして泣いてたの?」
























「ミオ、ライナーになにか言った?」

「え、なんで」

「食堂行こうって声かけてもなんだか拗ねてるみたいでベッドから出ようとしないんだ、それでライナーがミオがどうとか言ってたから」

「……私なにか言ったっけ」

食堂に来てみればコニーとミオが一部の人たちに囲まれて輪の中心にいた。皆は良かった良かったと二人の結果に安堵している様子で、安心のあまりボロボロと涙を零して抱きついてくるサシャをミオは両手で押し退けて阻止していた。コニーはコニーで鼻が高そうに周りに答案用紙を見せては何かを自慢しているようだ。何とか追試に合格した二人はこれからも今まで通りここにいることが出来る、一時はどうなることかと不安しかなかったけれど二人とも無事に合格して本当に良かった。
僕はちょうど空いていたミオの向かいに座ってライナーの事情を話してみると彼女は心あたりが無いようで首を傾げた。

「私が原因ならまあ…なんでか分かんないけど謝りにいくよ」

「ライナーが拗ねるって…ミオあなた一体なに言ったんですか!」

そう大声で笑ったサシャは先ほどの安心の涙から一変して今度は笑い泣きしながらミオの背中をばしばしと叩いている。ライナーには悪いけど正直僕もサシャにつられて彼が拗ねるという異例の事態に笑ってしまいそうになった。その原因だってミオだとは言っていたけどきっと大したことじゃなかったりするんだろうな、となんとなく思う。

「それにしてもミオ、合格おめでとう」

「うん、ありがとう」

私が合格出来たのは皆のおかげだよ、と呟くように言ったミオはかすかに微笑んでいた。今まで人を頼ることをしなかった彼女は、少しずつでも徐々に周りを信頼していっているようで何故だか僕も自然と嬉しくなる。僕が言える立場じゃないのは分かっているけど、それでもミオの力になりたいと思う気持ちは他の皆とそう変わらない。皆に必要以上に関わっちゃいけないとか、そんな風に思っていたことも忘れてしまいそうになる。一人だと思い込んでいた頃のミオと、人との繋がりを許し始めた今のミオとでは今の方が彼女自身も断然すっきりしているようだった。

「今回は皆に助けられてばっかりだった」

「…それは、ミオが皆に必要とされているからだよ」

「……そう、なのかな」

「僕も、ミオがいなくならないって分かって安心したよ」

「…ありがとう」

そう言ったミオは少し照れくさいのか曖昧に笑った。そんな彼女に僕も笑い返す。もう自分は一人じゃない、そのことに彼女が気づいてくれればそれでよかった。
たとえミオが合格してここにいられるようになったところで、どうせいつかはミオとも皆とも一緒にいられなくなる時がくる。いずれ、僕自身がそうさせる時がくる。それでも身勝手な僕はせめてその日まではミオが皆を信頼し始めているように、僕も皆を信頼していたいなんて思ってしまうのだ。そんな甘い考えばかりの自分に自嘲の笑みをこぼすしかない僕はいつまでたっても臆病なままだった。


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