「…ミオ、調子はどうだ」

「そういうコニーこそどうなの、顔色悪いけど」

追試当日。呼び出された講義室へ向かうと、ミオが既に扉の前で待っていた。今後自分が兵士を続けられるかどうかは今日この時で決まる。一歩一歩扉に近づくだけで息が苦しくなるような気がした。なんとかミオの隣までたどり着くと、そんな状況下でさえミオは普段通りの表情で平然としていた。俺はどうにも奴みたいには落ち着けなくて適当に話を振るが返ってきたミオの返答に思わず言葉を詰まらせた。だってこんな時に気分が悪くならない方がおかしいだろ、普通。

「あんなに余裕だって言ってたのにね」

「…うるせー、俺は余裕だよ。お前こそヤバいんじゃねえの」

「……別に意地張らなくてもいいのに」

正直な方が、よっぽど楽だと思うけど。そう言ったミオの言葉が静かな廊下に響いた。じっと見てくるミオの何でも見透かしていそうな視線に耐えかねて顔を逸らす。分かってる、俺はこの試験になんとしてでも受からなきゃいけない。でももしかしたら問題を見た瞬間に度忘れするかもしれないし、知らない問題が出るかもしれない、そう考えれば考えるほど今まで詰め込んできた知識が頭から抜けていきそうだった。

「…今だけはお前が羨ましいよ。ああそうだよ、お前の言うとおり俺は正直まったく受かる気がしねえ」

「…………」

「家族に憲兵団になって内地に連れてくって約束したのによ、…やっぱ結局兵士辞めて帰って来たらがっかりするよな」

そう自分で言ってから泣きそうになった。俺は自分で決意したことすら達成できないのか。ふと故郷で帰りを待ってくれている家族の姿が頭を過った。訓練兵になるって決めた時は随分反対されたっけな、兵士にならなくたって村で暮らしていけるって。それでも曲げなかった俺を結局母ちゃんは諦めて許してくれた。それなのに、憲兵団にも兵士にもなれなかった俺を見たらきっとサニーもマーティンも悲しませることになるだろうな。罪悪感が頭を支配する中、不意に隣のミオが口を開いた。

「不合格前提で話するのやめたら」

「…お前はそう言えるかもしれねえけど俺はそんな気楽に考えられねえんだよ」

「まだ問題すら見てないでしょ」

「別に、問題見たところで自信がないのには変わんねえだろ」

「だから、そうやって決めつけてたら本気で不合格になるって言ってんの」

少し強い口調でミオがそう言った。普段は感情を表に出さない奴だが、なんとなく怒っているような雰囲気は俺にも分かった。なんで俺が怒られてんだ、そんな疑問が頭をぐるくる巡っているとミオが息をついてから再び口を開いた。

「私たちは今までの一週間、周りの皆に支えられてきた。コニーがそんな弱気でどうするの、そんなんじゃ絶対取れる点も取れないし、なによりずっと付きっきりで教えてくれたアルミンに失礼。受かるか受からないかじゃない、私たちは受からなきゃならない、皆のためにも」

なんとももっともな事をミオに言われてしまった。予想外の言葉を表情変えずに言ってのけたミオに驚きを隠せないまま目を見開く。それでもミオの言葉は不思議なもので、自然ともやもやしていた気持ちが晴れていくような気がした。なんでミオがこんなに平然としていられるのかがなんとなく分かったような気がする、こいつはきっと今まで人を頼るようなことをしてこなかった分、今回いろんな奴に助けられて意思が強くなったんだ。俺もいろんな奴に助けてもらったな、俺の追試のために夜中まで付き合ってくれた奴もいた。

「皆のために…」

「そう、私たちなら出来る。勉強大嫌いな私たちがこの一週間休み時間の間も惜しみなく頑張ったんだから」

「ああそうだな…常にペン持ち歩いて問題出し合ったりな」

「それでコニーが食堂の机に落書きして、何故か私まで呼び出されたっていうとばっちりね」

「ああ、そんなこともあったな!なんかすげえ昔みてえだな、あれは傑作だった」

ミオに言われて思い出したのは俺が机に書いた教官の似顔絵だ。あれはまさに天才の俺による芸術作品だったが消すのをすっかり忘れて呼び出され、そこで何故か無関係のミオが先に怒られていて爆笑したっけな。あの時のことを思い出すと再び笑いがこみ上げてくる。あの時の必死に叱りつける教官と、何の話だと言わんばかりのミオの顔が超絶にツボにはまったのだ。その光景を再び思い出して俺が声を上げて笑うとミオが「あ、」と俺を見た。

「やっと笑った」

「…は?」

「やっぱコニーはそうやって、馬鹿なりに常に笑ってなきゃ」

そうミオが言った直後、講義室の扉越しに教官が俺たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。それを聞くなりミオはすぐに部屋へ入っていく、そうして取り残された俺も慌ててミオの後に続く。不安はもうなかった。ああ、今なら受かる気がする、自信が泉のように湧き出てくるような気がした。俺は、皆のためにこの追試に合格する、大丈夫だ、俺ならなんだって解ける。ああそうだ、追試が終わったら勘違いしてるミオに言ってやらなきゃだな、俺は馬鹿じゃなくてれっきとした天才だって。


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