気持ちが浮かないのは明日に控えている追試のせいだろう、ミオはため息を一つついて食堂の適当な席についた。今まで出来る限りのことはしてきたつもりだが、それでも当然不安が完全に消えることはなかった。明日へ刻一刻と進み続ける時間はミオを徐々に息苦しくさせる。そうして暫く一人で食事をしているとそんなミオの前にユミルとクリスタの二人が座った。

「よおマヌケ、明日なんだろ?追試」

「…ユミル、クリスタ」

「ずっと頑張ってたんだからミオなら合格できるよ」

大丈夫!と励ますクリスタと、どうだかな、とからかってくるユミルがミオはなんとなく懐かしく感じられた。本当に明日の追試で自分の今後が決まってしまうのか、とミオはその事実が他人事のように思えてきた。自分が兵士を辞めることになったのなら、それからは何を目標として生きていけばいいのだろうか。

「…にしても、まさかあのミオ様が追試とはな」

「なに」

「お前のツラ拝むのもこれが最後かもしれねえと思ってだな」

「なんてこと言うの!ミオは絶対合格するよ、ねっ、ミオ!」

「…いや、どうだろう」

「ええっ!」

「ほらみろ、本人がこのザマだ」

こんな奴応援するだけ無駄だっての、とユミルがミオを一瞥してから鼻で笑った。

「それよかクリスタ、お前は人の心配してる暇ねえだろ」

「………」

「クリスタどうかしたの」

「え!?いや、別に…」
「こいつも危うくお前ら追試組のお仲間入りするとこだったんだよ」

あっさりと言ってのけたユミルにクリスタは「ちょっとユミル!!」と顔を真っ赤にして彼女を責め立てるがユミルは完全に面白がっている様子だ。クリスタのことだからてっきり座学の類いはこなせるものだと思っていたミオはその事実が少し意外で目を丸くした。きっと彼女もエレンと同じように返却時にでも教官に警告されたのだろう。

「次の追試だっていつあるか分かんねえんだ、引っかかる前にちゃんと勉強しとけよ」

「ユミルは大丈夫だったの」

「私?私が追試なんかに引っかかると思ってんのか」

「でも講義の時いつも寝てるでしょ」

「まあ退屈だからな」

「もう、私にはいつも真面目にやれって言うくせに隣で堂々と寝るんだよ?」

「私は出来るからいいんだよ」

どうやらユミルは講義をまともに受けなくてもそれなりの点数が取れるようだった。クリスタが「そんなのずるい」とユミルに訴えるものの本人は「れっきとした実力だ」と流した。確かに点数が取れるなら真面目に講義を受ける必要もないなとミオ は相変わらずの思考を巡らせていた。

「…で、お前、本当に追試落ちたらどうするつもりなんだよ」

そう言ってユミルはパンを手に取ってはそれを雑にちぎった。その目はミオの返答を試すような目だった。彼女の言葉に隣のクリスタが不安げな瞳でミオを見つめた。

「…出来る限りのことはしてきたつもり、だからそれで落ちたらもうどうしようもないけど、私はここで諦めてはいられない」

「…………」

「今ここで兵士をやめたら、次また兵士になろうと思えるかどうかは分からない。私にもう一度は、きっと無い」

「…おいおい、あんなに調査兵団に執着してた奴が、らしくねえな」

「もともと私の動機はエレンみたいに仇を取るとか、そういうのじゃないから」

いずれどうにでも考えが変わるような、所詮ただの自己満足なんだよ。ぽつりとミオからこぼれた言葉はそのまま宙に溶けていった。

「……ミオ、それって「あーそうかそうか。話は変わるがクリスタ、ミオだけじゃなくてあの馬鹿にも声かけに行ってやれよ、いつも馬鹿騒ぎしてる奴が大人しいと気味が悪い」

「え、コニーに?今?」

「そう、今だよ、お前には人を励ます才能があるからな、自信を持て」

そう言ってユミルがクリスタの頭を撫でると彼女は力強く頷いて「私、励ましてくる!」とコニーのもとへ駆けていった。そんな彼女の背中を眺めて一息ついたユミルをミオはじっと見つめた。

「 …なんだよ、どうせあいつに詮索されたところでだんまりだろ?」

「…へえ、私のために話逸らしてくれたの」

「別にそういうわけじゃねえよ、空気悪くされたら不味い飯が更に不味くなるだろ」

「そう」

「っつーことで貸し一つな」

「え、今の貸しになるの、というかそれ私のパン…」

ミオの皿から半分のパンを奪うなりユミルはそれをかじった。「まあ、精々頑張れよ」とパンを頬張りながら言うユミルに、ミオはパンを奪われても自然と悪い気はしなかった。


back