「立体機動で最初に巨人を討伐することに成功した人物の名前は?」

「……パス」

「巨人が倒される存在だと証明した当時の調査兵団隊長は誰?」

「……それもパス」

「770年代、巨人を崇める信者によって門が開かれシガンシナ区に巨人が一体侵入したが、当時巨人討伐の手段は皆無だとされていた。最終的にその巨人は誰が何をして事なきを得たか?」

「え、それ知ってどうするの」

「…ああああもうやってらんねえよこんな奴の面倒見んの!!」

「そっ、そう言わずに!そこをなんとか!」

もう耐えられないとばかりに勢いよく席を立ったジャンをサシャが必死に宥める。ミオは眠たそうな目でぼうっと意味も無く資料室に並ぶ棚を眺めていた。我慢することもせずにミオが欠伸を一つするとジャンの血管が今にも千切れそうになるのをいつか本当に切れてしまうとのではないかとハラハラしながらサシャは見ていた。

「ミオも、せっかくジャンが手伝ってくれているんですから!」

「私だってちゃんと覚えようとしてるよ」

「とか言って数秒前にやったことすらまともに覚えてねえじゃねえか!お前の頭の構造どうなんてんだよ!」

「も、もう一回最初からやりましょう!」

ほら、ジャンも座って!と促しつつサシャは資料を広げ直した。別にミオの記憶力が無いわけではないはずなのだ、このくらいなら本気で覚える気があれば覚えられるはずだろう。ジャンがいるのが不満なのか先ほどより彼女の当たりが強い気もしなくはない、とサシャは感じていた。やはりこの二人の和解は無謀なのか、そんな考えが頭を過るが慌てて振り払う。ジャンのストッパーとして予めマルコを呼んだはいいものの彼は当番があるようで遅れると言っていた。二人が争う度に、ああマルコ早く来て下さい仲介が私だけじゃ辛いです!とサシャは心の中で願うばかりだ。
そうしていると不意に資料室の立て付けが悪い扉が開かれる音が聞こえてきて三人は扉の方へと視線を移す。サシャはマルコだと思い目を輝かせて振り向いたが、そこにいたのはアルミンとコニーだった。

「アルミン!コニー!」

「おう、珍しいなお前ら三人なんて」

「あれ、ジャンとサシャがミオに勉強を?」

「なあ、こいつ全っ然やる気出さねえから一発殴ってもいいと思うか?いいよなあ俺は悪くねえよ」

「わっ、ジャン!ダメですってば!」

ジャンの掲げられた拳をサシャは必死に押さえつける。「邪魔すんなサシャ!」「暴力はダメです!」と言い合う二人をミオは気にせず机に頬杖をついて欠伸をしている。そんな三人を見てアルミンは苦笑した、サシャも大変だろうに何故この三人で勉強しているのだろうか。「なんだ楽しそうだな!」といまいち状況把握出来ていないコニーがサシャとジャンの間に割って入って騒がしさが増した。

「全然楽しくなんかないですよ!それより、コニーも追試なんて大丈夫なんですか!?」

「俺を誰だと思ってるんだよ、天才だぞ!それになんてったって今回の試験でもぶっちぎり一位だったアルミンが付いてるからな!こりゃ余裕だろ」

「そういう奴に限って大抵は落ちたりするから気をつけろよ」

「なんだよジャン、お前だって今回マルコに勝てるとか言って結局負けてたじゃんか」

「う、うるせえな!んなこと今はどうでもいいんだっつーの!」

そう騒ぐ三人をミオがぼんやり見ていると隣の席にアルミンが座ったので彼女はそちらに視線を向けた。

「ミオ、あんまり捗ってないの?」

「……あー、うん…まあ、やらなきゃって分かってるけど」

「そっか、気持ちは分からなくもないけどさ……サシャもジャンもミオに合格してほしいんだ。それは君も分かってるんだろう?」

「…………」

「それは僕だって、他の皆だって同んなじ気持ちさ。さっき食堂での結果発表でアニも目を丸くして君の名前を暫く見ていたんだ」

アニのあんな表情初めて見たよ、とアルミンは少し笑ってから更に続けた。

「あのアニにあんな表情させるミオはすごいと思う。エレンもミカサもすごく心配してた、ライナーやクリスタ達も。だからミオは自分に自信を持っていいんだ、君の周りにはたくさんの仲間がいて君を支えてくれるから。安心して僕たちに頼ってくれていいんだよ」

「……アルミン、」

「だから、今はあの二人を頼ってあげてほしいんだ。あの二人が教えてくれるなら、ミオもちゃんと合格できるさ。あ、もちろんコニーも僕が合格させてみせるよ!」

そう言って未だに騒いでいる三人を見て笑うアルミンにミオは何と言葉を返せばいいか分からなかった。それでも、ミオがこくりと首を縦に振って力強く頷いたのを見てアルミンは満足そうに彼女に笑いかけて席を立った。

「コニー、そろそろ僕たちも必要な資料を取って部屋に戻ろうか」

「え、ああそうだったな!」

アルミンがコニーにそう声をかけて二人は部屋の奥へ進み次々と棚から資料を取り出してはそれを手に抱えていく。どうやら二人もすぐには寝ずに追試対策をするようだ。

「じゃあなミオ、お前ちゃんと勉強しろよ!」

「…コニーもアルミンに迷惑かけないようにね」

二人が部屋を出ていってから「じゃあ気を取り直して勉強しよう」と先ほどまでやる気が微塵も感じられなかったミオが唐突に言い出したのでジャンとサシャは目を見開いて思わず互いに顔を見合わせた。

「…は、どういう風の吹き回しだよ」

「……別に。さっきアルミンが面白い話してくれたからちょっと歴史に興味持てただけ」

「ああ?面白い話だと?」

「いやいや、何はともあれミオのやる気が出てなによりじゃないですか!さっそくやりましょう!」

嬉しそうにそう言ったサシャに、ジャンは「ったく、やる気出すの遅えよアホ」と渋々言いながらも机の資料を広げた。

「…ありがとね、二人とも」

不意にそう呟いたミオの言葉に二人は心底驚いたような顔をしてから、サシャは「えへへ、ミオのためですからね」と照れたように笑って、ジャンは「んな礼は合格してから言え!」とミオに問題集を突きつけた。そうか、私は皆のためにも追試に合格して心配させないようにしなきゃいけないというのに自分の都合ばかり考えていた。いつまでも逃げてはいられないな、とミオは自分に言い聞かせて資料を手に取った。


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