「ローゼリア訓練兵、何故ここへ呼び出されたか分かるか」

「いえまったく見当もつきません」

「これを見てそうとは言い切れんだろう」

「35、28、33、12…何でしょうかこの数字は」

「…貴様の今までの粗末な筆記試験の点数だ……さて、そろそろ呼び出された理由の見当はついたか?」

「……………」








「おいミオ!まさかお前も追試なのか!?」

ミオが教官室から出てくるなり大声でそう言ったコニーを彼女は無言のままバシッと叩く。彼の頭には教官に拳骨でも食らったのか瘤が出来ていたがミオはお構いなしである。まったくなんてことを大声で言ってくれるんだ。コニーの声は辺りに響き周りの訓練兵たちは二人を憐れんだような、呆れたような目で見ていた。聞けばコニーも追試らしい。来週の再試験になんとしても受からなければ開拓地行きは確定だ、ミオはまさか自分がこんなにも酷い点数を重ねていたとは思ってもいなかった。卒業できればいい、その考えが座学まで回らなかったのだ。

「いってえ!お前まで叩くなよ!」

「コニーと一緒にしないでほしい。ていうかあなた天才とか言ってなかったっけ」

ちらりとミオが横目でコニーを見やると、彼は目線をあちらこちらと忙しなく動かしながら言葉を濁した。

「ま、まあ俺は天才だけどな!お前が一人で寂しく惨めに追試を受けると思うと俺の良心が痛んだんだよ」

「へえ、だから敢えて取れる点数を落とした、と」

「そうだ!そういうことだよ」

ミオの言葉にしっくりきたのかコニーは満足そうに腰に手を当てて威張ってみせた。あまりにも分かりやすい馬鹿さ全開の嘘にミオが「へーそうだったのありがとう」と感情も込めずに淡々と言うとコニーは偉そうに笑った。

「じゃあ追試までコニーは私に座学を教えてくれるってことなのね」

「は!?…あー、いや、それは出来ねえな」

「なんでよ」

「い、いいからアルミンのところ行くぞ!」

「正直になればいいのに」

「うるせーな」

俺が天才なのは変わらねえからな!と振り返って言い足し無駄に意地を張るコニーにミオは少しだけ笑って先を行く彼の後をついて行った。




…………………………






「頼むアルミン!俺に座学の知識を恵んでくれ!!」

資料室にいたアルミンを見つけて頭を下げてきたコニーをアルミンは驚いたように目を見開いて何度もまばたきを繰り返した。

「ど、どうしたの急に」

「実は…次の再試験に受からなかったら俺もミオも開拓地に飛ばされることになったんだ。だからどうにか回避する術を伝授してくれ!」

「えっ、ミオも追試なの?」

「…まあ、そんなとこ」

分かったからとりあえず顔を上げてよ、と苦笑して言うアルミンはもう夕飯の時間になるというのにどうやら自主的に勉強をしていたようだ。机の上に広がる資料たちを一瞥してミオは偉いな、と他人事のようになんとなく思った。

「僕でよければ力を貸すけど…」

「ほ、本当かアルミン!!」

コニーは目を輝かせて何度も感謝の言葉をアルミンに繰り返し言っていた。とりあえずアルミンには了承してもらえたようだ、それを確認してからミオが資料室を出ようとするとコニーに呼び止められた。

「おいミオ、どこ行くんだよ」

「私は一人で勉強するから」

「は、そんなこと言ってお前ほんとに一人で勉強出来んのかよ?」

「もちろん」

兵士諦めるつもりないから、と続けて言うミオにコニーはますます意味が分からないと首を傾げた。

「馬鹿かお前、座学トップに教えてもらった方が合格できるに決まってんだろ」

「馬鹿ってコニーにだけは言われたくなかった…」

「おい、どういう意味だそれ!」

心外だと騒ぐコニーを気にするでもなく「まあ馬鹿同士せいぜい飛ばされない程度に頑張ろう」と言い残してミオはそのまま資料室を出た。

彼女はなるべく誰にも頼るつもりはなかった、人を頼ることへの抵抗が完全になくなったわけではないのだ。もっともアルミンに自分とコニーの二人を相手させるのは気が引けたというのもある。彼にだって彼の時間があるだろうし、できるなら一人で解決したい問題だとミオは思っていた。
それにしても、とミオは考えを巡らせながら廊下を進む。勉強はとことん嫌いだ。そもそも立体機動を発明した人物名だとか、そういう知識を養ったところでそれが自分の生死を左右することがあるだろうか、いやまず無いだろう。そういう考えを持ってしまえば自然と勉強する気もなくなってしまうのは確かなのだが。
それより重要視すべきなのは実戦知識だ。実戦知識に関してなら勉強が嫌いなミオでも必要だと理解している、それは同時に自分が生きる術となるからだ。事実、今回彼女と同じく追試を受けることになったコニーも座学はなんとも言えないが実技となると同期の中で群を抜いて成績は上の方だ。結局、巨人を前にしてしまえば生き残る確率が高いのはそういう人だ、というのがミオの考えだった。

廊下を進んでいくにつれて夕飯の匂いが濃くなっていく。 追試になってしまったのではもう後から何を言っても仕方がない。こんなところでつまづいて兵士を諦めるわけにはいかないのだ。これはまた面倒くさいことになりそうだとミオはこれからのことを想像してはため息を一つついて食堂へと足を運んだ。



back