頭部外傷、全身打撲含め医者の見解では全治二週間程度だったがミオが教官に与えらた期間は四日間だけだった。もちろんそうとなれば四日で怪我を治す道しか彼女には残されていない。四日後に訓練に出られなければ必然的に兵士ではなくなってしまうのだ、あれだけの同期が自分を気にかけてくれていると知ったこともあってかミオは何がなんでも完治させると強く決心していた。
そうして四日後、アニに毎日取りかえて貰っていた包帯も外せるくらいには回復していた。何となく窮屈さが無くなったような気がして同時にミオの気持ちも少し軽くなった。それでもやはり打撲の方の痛みは完全に消えることはなくて、試しに身体を動かしてみると痛みが全身にじわりと響いた。もともと二週間と言われていたのだから仕方ないが今日はもう訓練に出なければならない日だ。嫌でも我慢するしかないとミオは四日ぶりのジャケットに袖を通した。

身支度を整えて食堂へ足を運ぶと、まだ早いからか人は少なかった。実際ミオも当番でない限り普段こんな早くに起きたことはない。とりあえずサシャにパンを取られることはなさそうだと少し安堵しつつミオは食事を取って適当に席についた。
そうして暫く黙々と一人食事を進めているとミオの向かいの席に誰かが座るのが視界の隅に映る。彼女が顔を上げて相手を確認するとそれがマルコだと分かった。

「あれ、マルコ」

「おはようミオ。もう今日から復帰するの?」

「うん、まだ完治はしてないけど寝てばっかで身体も訛ってるし皆に置いてかれるから」

「珍しいな、ミオが訓練に前向きなんて」

「なに、私だって努力くらいはするよ」

「ごめんごめん、冗談だよ」

そう謝りつつも未だに笑っているマルコをミオは不満そうな目で見る。それでも「でもほんと、動けるくらいには回復したみたいで安心したよ」という彼の優しい言葉を聞いてしまえばそんな軽い冗談もミオは渋々許してしまうのだ。
時間が経つにつれて人の数も多くなっていく。次第に賑やかになっていく食堂の中、時々会話をしながらマルコと食事をしていると不意にミオの隣でガタッと荒々しく席につく音が聞こえて彼女はそちらに振り向いた。

「おい、死に急ぎ野郎」

「その呼び方はあまりいただけない」

「…ジャン、朝からやめなよ」

明らかに喧嘩腰の彼にマルコが止めに入る。最後の一欠片のパンを口に放り込んでミオは隣で睨んでくるジャンを見返した。そもそもそのあだ名はエレンのものだというのにあだ名を付けた張本人は私にそれを使い回すというのか、区別がつかなくてややこしそうだとミオは思いながらもため息を一つついた。

「はっ、それが死に急いだ結果か」

そう言ってジャンはミオの顔のあちこちに付いた傷跡を一瞥する。ミオは表情を変えないまま彼から視線を外し、残りのスープを飲み干した。

「死に急いだつもりはないけど、」

「お前自分の運動能力把握してんのか?一人でゴール出来るとか思ったのか知らねえが、お前の身勝手な行動で周りに迷惑がかかったんだよ」

「…………」

「迷惑かけてのこのこ訓練に戻ってこれるなんてな、本当ある意味尊敬するぜ」

「ジャン!よせって!」

そう言うジャンの目つきは鋭いままだ。彼は私に怒っているのだろうか、ミオは俯いてからゆっくり目を伏せた。確かにジャンの言う通りだった、あの時一人で突っ走らないでライナーの手を借りたり班員に相談していればあんな迷惑をかけることも無かったのだ。全部彼の言う通りだ。でも、気づけたことも事実だった、私には待ってくれている人達がいるのだと。逆に言ってしまえばあの時ああしていなかったら周りに気づけないまま、ずっと一人だと思ったまま生きていたかもしれない。

「…確かにジャンの言う通り。私は班員だけじゃない、他の皆にも迷惑かけた。それは悪いと思ってるしちゃんと謝るつもり」

「……ミオ、」

「でも、皆が私の回復を待ってくれるって言ってくれたから私は戻ってこれた。こんな私の心配なんかして、一人じゃないって言ってくれた。だから私は兵士を辞めずにここにいられる」

謝罪もしたいし感謝もしたい。
それはミオの素直な気持ちだった。そう口に出すまで自分の気持ちを理解していなかった彼女自身もその言葉に少しばかり驚いていた。ジャンはそんな彼女の言葉が予想外だったのか、目を見開いた後ばつが悪そうに「勝手にしろ」と一言だけ言い残してから席を立っていった。

「ごめんミオ…ジャンは正直だけど、それと同じくらい不器用だから」

「いいよ、ジャンの言ってることは正しい」

「ミオが心配なら見舞いに行こうって誘ったりしたんだけど絶対いかないの一点張りで。…きっと彼は、この際君に兵士を辞めて欲しかったのかもね」

「…どうして」

「兵士というか、ミオが調査兵団を志望しているからかな。君が思っているよりずっと先のことをジャンは心配しているのかもしれない」

そこまではさすがに分からないけど、とマルコは苦笑した。ミオはいまいち彼の言葉を理解できずにいたが、彼は「ジャンの機嫌を取ってくるよ」と言って席を離れてしまった。
なんだか分からないけど、とりあえずジャンも心配してくれてるのだろうか。でもどうも彼は私が気に食わないのか常にあたりが強いし、マルコが言うような心配を彼がしているとは到底思えなかった。ミオはもやもやと一人で暫くマルコの言葉の意味を考えていた。そうしてミオがいつの間にやら向かいの席で寝癖を付けたサシャがミオのからになった皿を見て嘆いているのに気づいたのは数分後の話だった。


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