「崖から落ちたって聞いたけど大丈夫なの!?」

狭い医務室でベッド前を陣取っていたサシャとコニーを押し退けてそう前に出てきたのはクリスタだった。彼女に続いてユミルも隣に出てくる。そんな二人を見上げてミオは淡々と「心配ないよ」と返した。正直たった十数分の訓練合間の休み時間にこんなに訓練兵が集まると思っていなかったミオはほとんどが野次馬とかそういった部類の人だと解釈していたので普段と違った眉を釣り上げて焦った様子のクリスタに少なからずは驚いていた。

「無事で本当に良かった…」

「はっ、いいザマだなミオ。面倒くさがり屋のお前のことだからな、てっきり訓練なんて諦めて開拓地に旅行に行ってるかと思ってたのに残念だ」

安堵したように涙目でミオを見つめるクリスタの隣でユミルはミオを見下ろして呆れたように笑った。それでも、やれやれとわざとらしく首を横に振るユミルの悪態にもちろんミオが表情を変えることはない。

「まさか。兵士を諦めるつもりはないけど」

「ああそうか悪い、お前は変に頑固な奴だったな。…まあもっとも頭に包帯なんて巻いて言われても説得力の欠片もないが」

「ちょっとユミル!…ユミルってこうは言ってるけど、さっきミオの事を聞いた瞬間に血相変えて班長だったライナーに怒ってたんだよ」

ごめんね、とそう話すクリスタの言葉に当のユミルはそれは違うと即座に否定する。そうしてミオは視線をユミルへと移す。ほら、やっぱり彼女は優しい人だ。少しだけミオの心がじわりと暖かくなった。彼女のじっとした視線に耐えかねてかユミルは目をそらして自身の頭を雑にかいた。

「それは、あれだよ、なんでミオなんか助けてんだってことをだな、」

「心配、しててくれたの」

「はあ?自惚れんなよ」

「でも実際そうなんでしょ」

にやり、ミオの口角が僅かに上がったのをユミルは見逃さなかった。…こいつ、私をからかって面白がってやがる。そう気付いたユミルはなんだか無性にミオの表情にイラっときていつかのあの日のように手加減なく彼女の頭を思いっきり叩いた。「いった!」とミオから上がった声が以前よりも大きなもので少し満足したユミルはそのままクリスタの手を引く。

「ちょ、一応わたし怪我人…」

「ユミルっ、ミオの傷がまた開いたらどうするの!?」

「あーあ、もう帰ろうぜクリスタ。こいつこんなにピンピンしてやがる、心配してとんだ大損だ」

「あっ、ミオ、また後で来るからね!」

そう言い残して出て行った二人の後ろ姿が見えなくなってからミオは息をついて少し笑った。

「…なんだ、やっぱり心配してくれてたんだ」

あの時言っていたライナーの言葉がようやくミオは分かったような気がした。私がいる場所は、もう昔とは違う。すぐには出来ないことも時間を掛けてでもいい、いつか乗り越えられる時がくるのだから。
きっとまたクリスタが来る時にはユミルも渋々ついてくるのだろうと再びここへ来る何時間後かの二人を想像してなんだか可笑しく思えたミオは、また小さく笑った。


back