それは技巧の時間、立体機動装置のメンテナンスの仕方について教わっていた時だった。危険な訓練というわけでもないのに僕は冷や汗をかきっぱなしで落ち着けなかった。それもこれも隣に座るミオが原因なのだけど。
彼女の手元はとても危なっかしいものだった。分解をする時に隣から鳴ってはいけない音が時々聞こえてくる。そのため自分の作業に集中出来るわけもなく隣を見ればミオは表情変えずに装置の中を力任せに叩いていたのだ。不器用というか、乱暴という表現がぴったりだった。ああ、そんなに強く叩いたら分解どころでは済まない、使い物にならなくなってしまう。せめて一刻も早く止めなければと小さく名前を呼んでみるものの夢中になっている彼女には聞こえていないのか、何度か呼ばないと反応は返ってこなかった。

「ミオ、ミオ、」

「…え、なに」

「そんなに叩いたら装置が壊れるよ」

「だってこの部品が外れなくて」

「…それは外さなくていい部分だよ」

僕の言葉を聞いてそうなの、とあっさり手を止めるミオに苦笑する。彼女の装置が壊れていなければいいんだけど、と考えているとミオは机から身を乗り出して僕の手元の装置の中を覗き込んだ。どこか分からないところでもあるのだろうか、一応自分の装置は教官に説明された手順までの作業は終わっている。細かい地道な作業が嫌いじゃない僕にとって技巧はそれなりに得意な方だった。

「どうかした?」

「…ベルトルトって器用だね」

「そ、そうかな」

「意外、そんなに大きい手なのに」

そう言うミオの声色は変わらずとも何となく不服そうに聞こえたのは気のせいだろうか。器用と言われて少し嬉しく感じたけれど彼女は自分と僕の手とを一度だけ見比べて小さくため息をついた。そんなに気にすることはないと思うけど確かに彼女が不器用な部類であることは僕も否定できなかった。

そうして次第に装置のメンテナンスが進められていく中、複雑な構造である立体機動装置にはミオだけではなく周りも随分と手こずっていた。僕はサシャやコニーに呼び出されては自分の席を離れて彼らのメンテナンスも手伝ったりしていた。自分自身この作業は結構嫌いじゃないし頼られているようで嬉しい面もあった。簡単に説明しつつメンテナンスを終えれば二人から目を輝かせながら感謝を告げられる。自分がこんなに自信持って行動出来るようになったのもミオのおかげだ、彼女にもお礼を言ってあげてほしいな、なんて考えながらも席に戻れば案の定そのミオは作業に苦戦しているようだった。

「ミオ、大丈夫?」

「…なんか蓋が閉まらない」

ミオは力ずくでも閉めようとしているのかガタガタと音を立てながらも表面のカバーを押さえ付けていた。上手く収納出来ていないのだろう、彼女の装置の中身は収まりきれずに盛り上がっていてカバーがはまりそうには見えなかった。彼女が不器用なのか作業手順を理解していないのか、きっとどちらもあるだろう。

「中身の部品の位置が違うからちゃんと収まりきれてないんだ」

「え、そうなの」

「ちょっと貸してみて」

自分の装置もまだ完成していないけど彼女のを先に終わらせてしまおうと思い立ち、間違って無理やり押し込まれた部品を外していく。もう自分以外の装置で何度もやった作業だからか慣れてしまったようでミオの装置はすぐに元通りになった。それを彼女に渡してあげるとミオは驚いたように少しだけ目を見開いて自分の装置をまじまじと見ていた。

「これで大丈夫だと思う」

「…え、あ、ありがとう」

あっさりと終わってしまった事に驚いているのか少しミオが呆然としているのが新鮮だった。こんな彼女は珍しい。あまり表情を変えることのないミオの新しい表情を見れたことに少し微笑ましくなっていると、何を思ったのかミオはまだ完成していない僕の装置を抱えた。

「…えっと、どうしたの?」

「今度は私がベルトルトの完成させてみせる」

「え」

「大丈夫。さっきの作業ちゃんと見てたし、出来る気がする」

どうしよう、ものすごく不安だ。心なしか少し意気込んでいるミオを見てはっきり否定出来るほど僕はまだ自分の意見をしっかり言えるようにはなれていなかった。曖昧に言葉を濁している僕をよそにミオは作業を始めようとする。この様子だときっと何を言っても彼女は止められないだろう。度々間違いそうになる彼女に声をかけてせめて大いな間違いだけはさせないようにと隅で見守ることにした。
そうして少し時間はかかったものの何とか僕の装置はミオによって完成された。一時はどうなることかと思ったけど何とか成功したようだ、ほっと安心して肩の力が抜けた。

「…できた」

「うん、ありがとう」

「私、ちゃんとできた」

そう再びぽつりと呟いたミオは成功した事が余程嬉しかったのか、いつの間にか僕には少しの表情の変化も分かるようになっていた。そこで不意にミオがあの時のように微笑むものだからどきりと心臓が跳ねた。突然のことに驚いてぐっと息が詰まるように苦しくなる、それは初めて彼女の笑顔を見た時と同じような感覚だった。ほんの一瞬の表情でも僕にはひどく長い間彼女が微笑んでいるような感じがした。何故彼女は笑えるのに滅多に笑わないのだろうか、呆然とそんなことを考えていると自分の名前が呼ばれていることに気づく。

「ベルトルト、…ベルトルト」

「えっ、ああごめん、何?」

「どうしたの、もうそろそろ終わるよ」

そのミオの言葉から少しして鐘が鳴り響く、どうやら彼女の言う通りだったみたいだ。周りの訓練兵も次の訓練のためにと部屋から少しずつ出ていく。次の訓練は確か後日に迎える兵站行進の予行演習だ、と曖昧ながらも記憶を探って思い出す。そういえばライナーが言っていたっけ、ミオと同じ班になったのだと。辺りを見渡してライナーを探すものの彼は見つからなかった。きっと班長だったから先に行ったのかもしれない。部屋を出るミオに続いて自分も後を追う。訓練所に向かうまでの道のり、少し沈黙が続いてから彼女に話をかけようと話題を探す。当初のあの無駄に長かった沈黙も今となっては少しばかり笑えてくる。

「もうすぐだね、兵站行進の訓練。ミオの班は何列目?」

「たしか、七列目くらい」

「そっか、僕らの班と結構近いんだ」

彼女の言葉が正確だとしたらきっと僕らの班の前方に位置することになるだろう。お互い頑張ろうと声をかけてみると一体どうしたのか、彼女はほんの僅かに顔を曇らせた。

「足手まといにはなりたくないんだけど、」

「…?うん、」

「私、今回の訓練は出来る気がしない」

練習でも何度も班に追い付けなくなったりした、と言葉を続けたミオは珍しく自信が無いようだった。いつも自分の意見をはっきり言ったりする彼女からは考えつかないけれど、心なしか声も暗いものだった。

「ミオなら、大丈夫だよ」

彼女をどうにか励ましたい一心で出た言葉がそれだった。なんの根拠も無いありきたりな言葉だけど、僕はただ彼女に感謝をしたかった。ミオは僕に自信を持てと言ってくれた、今度は僕がどうにかして彼女の自信を取り戻させてあげたかった。

「今日だって僕の装置を組み立ててくれたじゃないか。兵站行進だって、きっとミオならやりきれる。もっと自信を持っていいんだ」

「……」

伝えたいことを何とか必死に言葉にして伝えようと頑張ってみたけれど、自分に自信が持てずにいた僕の言葉で彼女にしっかり伝わったのか心配だ。
僕の言葉を聞いてありがとうと一言言った彼女はまた一瞬だけ微笑んだけれど、さすがに完全には自信が戻るはずもなく、それは少し悲しそうだった。前の笑顔のように、あの時のように優しく笑ってほしい。そう心のどこかで願っている僕は矛盾しているのだろうか。自分も訓練に対しての不安が大きくないだけであって自信があるわけではないのだから。ついさっきの事なのに彼女の優しい笑顔が急に懐かしく感じた。


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