外の薄暗さは次第に明るくなっていき、それに比例するように星は段々と一つ一つ姿を消していった。あれから一体どれくらい時間が経ったのだろうか。ミオがそろそろ戻ろうと言ったのでそれに従うことにして屋根から降りる。今日見た星はきっと忘れられないものになる、何となくそう思えるほど心に刻まれたように深く記憶に残った。これからまた数時間もしない内に辛い訓練が始まるというのに気持ちはだいぶ軽くなっていた。これもミオのおかげだろう。

「そういえば何でミオは屋根上にいたんだ?」

ふと最初から疑問だったことを思い出して前を歩くミオに問いかける。自分以外に屋根の上に登ろうと思い至る人が他にいるとはもちろん思うはずもない。てっきり自分だけの穴場だと思っていたがどうやら違ったようだ。質問すれば彼女は一回こちらを見てからまた前を向いた。

「星を見るのが好きなの」

「…え、ミオが?」

「それどういう意味」

怪訝そうに目を細めてそう振り返ったミオには悪いがこの返答はさすがに意外すぎた。特に何かに執着しないような奴に見えたけどちゃんとミオも何かに興味を持っているのか、と意外な一面を知れて少し微笑ましく思えた。

「でも驚いたよ、まさかこんな時間に屋根上に誰かいるなんて思わないだろ?」

「幽霊とかだと思った?」

「…い、いや別に」

「へえ、エレンは幽霊とか信じてるんだ。確かに最初すごい驚いてたけど」

「はあ!?あ、あれは別にそんなんじゃねえよ!」

不意をつかれて思わず焦ってそう返すがミオは余計にからかってくる。それでも表情に出ずともなんだか楽しそうだったので悔しいが何も言い返せなくなった。そうしている内に裏口にたどり着きミオは慎重に扉を開いた。きっと俺と同じように抜け出す時に扉が音を立てたの考慮しての行動だろう。

「そういうエレンはどうして来たの」

「俺は…なんか寝付けなかったんだよ。そしたら星が綺麗だったから見たくなってさ」

「…え、エレンが?」

「どういう意味だよ!」

俺だって星くらい見たくなる時があるというのにミオは怪しげにこちらを見た。そうして返した直後に自然と先ほどのやりとりが繰り返されたことに気がつくと不意にミオの笑ったような声が聞こえてきた。まさかと思って顔を覗いてみれば案の定ミオは笑っていた。あのミオが笑うだなんて思ってもみなかったので目を疑うがどうやら本当に笑っているようだ。驚きのあまり目を見開いて固まっていると、いつの間にかいつもの表情に戻ったミオがこちらを見上げてきた。

「なに」

「…い、今、ミオ笑って」

「……別に、あまりにもエレンがからかいがいあるから」

笑ったわけじゃない。そう呟いたように言ってから顔を反らしたミオは少し廊下を歩く速度を上げて再び俺の前を進む。そのため表情は伺うことは出来なかったが、あれを笑ったと言わずにどれを笑ったと言うのだろうか。あれは誰が見ても笑顔だった。ミオもあんな表情を見せるのかと思いつつぼんやりと思い出したのは先ほどまでの、ミオと星を眺めていた時だ。
もしかしたらミオはあまり素直じゃないのかもしれない。弱虫と自分を蔑んでもいたけど俺にはそうは見えないし、後からそんなことはないと否定してやってもそれを認めようとはしなかった。俺はてっきりミオは常に冷静な奴で感情をあまり表に出すことがないのかと思っていたが、感情が無い人間なんていないしミオはちゃんと今笑っていたし、さっきだって涙は一粒でも泣いたのは確かだ。それでも何故笑ったことを否定したのか、きっとそれも素直じゃないからだろうなんて勝手に自然と憶測してしまった。でも間違ってはいない気がする。

「なあミオ、」

「なに」

「笑えるならもっと笑えばいいだろ」

「笑う必要がないから笑ってないだけ」

「笑うのは健康にいいんだぞ」

「そう」

「だから笑え!」

「やだ」

なんとか説得を試みるが即時に否定されてはさすがに肩を落とす。笑っていた方がいいのに、本人が全くそれに気づいていなければどうにもならない。笑うだけじゃない、ミオにはちゃんと人並みの感情が備わっているはずだ。それを何故表に出そうとしないのか。いや、でも実際は俺が知らないだけで、ミオが気づいていないだけで、実はちゃんと表には出しているのかもしれないな。なんだか頭がこんがらがってきた。結局は本人が自分の感情に気づいていない点がいけないのか。

「案外ミオは無意識に笑ってるかもしれないよな」

「いや、それはない」

「さっきだって笑ってたのに自分で気づいてなかったし」

「だって笑ってないし」

「俺はミオが笑った瞬間を見逃さなかったぞ」

「エレンって意外に頑固だね」

「ミオも頑固だろ」

「エレンほどではない」

「とにかく笑え、ほら!」

「…なんでそんな笑ってほしいの」

ミオがそうため息を一つついて足を止めた。そこは男子寮と女子寮の分岐点である場所だ。話していれば長い廊下もあっという間だったな、と頭の隅で思う。

「なんでって…まあ、なんかミオはもっと素直になっていいと思っただけだよ」

「…十分素直だと思うんだけど」

「全然素直じゃねえよ…」

何を言っているんだと不思議そうに首を傾げるミオに思わず呆れてしまう。まるで自分のことを分かっていないようだ。感情を出せないなんて勿体ない、そう自然に思ってしまうのは仕方ないと思う。あんなに綺麗に笑えるのに。

「…まあでも、エレンいて暇潰しにはなった。ありがとう」

じゃあまた数時間後に、と言い残してからミオは寮へと戻っていった。予想しなかった感謝の言葉には少し驚いたが今のはちゃんと言葉にしていた。表情は相変わらずでもミオなりに頑張ったのかもしれないなんて都合よく解釈しておく。ミオについては分からないことが未だに多いままだが、今回の件で知れたことが多かったのも確かだった。
ああ、もう少しで朝が来るのか。そう思うと今まで眠くなかったはずなのに何故だか途端に眠く感じてしまった。あと起床時間まで数時間しかないが訓練のためにも一眠りしようと思いながら自分も寮に向かった。


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