気にくわない。何故そう思うのか、そんなことは分かりきっていた。あいつが現状把握もろくに出来ずに人類の進撃がどうだとかぬかしやがったからだ。そのくせあの初日の威勢はどこにいったのか訓練にやる気がなく成績は中の下。そんな奴が人類の進撃に貢献?笑わせるなよミオ・ローゼリア。死に急ぎ野郎とこいつは似たようなことをほざいてやがるが死に急ぎ野郎は訓練を努力してなんとか上位にいる分、俺にはこいつが余計タチ悪く見えた。

「ジャン、スープが冷めるよ」

「……ああ」

前に座って食事をするマルコの声で意識を自分の飯に向けた。いつの間にか食事の手を止めていたらしい。時間はそう待ってはくれない、もうそろそろ夕飯の時間も終わるかと視界の端で時計を確認した。

「ジャンがぼーっとするなんて珍しいね」

「そうでもねえよ」

「でもずっとミオのこと見てたよ」

「はあ?」

予想外の発言にスプーンで掬っていた芋を落とす。誰があの女を見てたって?俺の聞き間違いであってほしい。マルコの顔を見れば何が楽しいのか随分と笑顔だった。

「なんで俺が。気のせいだろ」

「いや気のせいじゃないよ、確かに見てた」

マルコのその言葉でちらりと向こう側の斜め前に座るあの女を見やる。その隣に座る芋女もといサシャが何かを熱弁しているが適当に聞き流しているようだった。そうして視線を前に戻せばマルコは最後の一口のパンを口に入れた。俺も急いで食べ終えなければと止めていた手を再び動かして食事を再開する。
そこでふと思い出したのはあの女とマルコがペアになったあの時の訓練だった。そのペアが俺よりも高得点を獲得していたことに驚いたのをよく覚えている。何故だ、あいつと組めばいくらマルコでもあんな高得点取れるはずがないのに。いったい何があったのかつくづく疑問だったが丁度いい、今の話の流れなら聞ける。

「おいマルコ、お前あの時一体何したんだよ」

「え、なにが?」

「お前があの女と組んだ時の話だよ。お前が何かしない限りあんな高得点取れるはずがねえ」

「ああ、あの訓練のことか。僕は何もしてないよ」

「は?嘘つけ」

「本当さ。指示は全部ミオが出してくれたんだ、斬撃も深くて素早かったんだよ」

そう楽しそうに言うマルコの言葉に耳を疑う。一体何を言ってやがるんだ、あの女が指示?斬撃が凄い?全部嘘にしか聞こえないのは仕方がない。だってあの不真面目なミオ・ローゼリアだぞ。そんな能力あるわけがない。

「…おいおい、変な冗談よせよ」

「冗談じゃないって、彼女は」

ジャンに似てるんだ。
時間の流れが一瞬止まった。鐘が鳴ると何事もなかったかのようにマルコは席を立った。こいつ今なんて言った。とんでもなく恐ろしい言葉に聞こえたのは俺だけか?いやでもあのお人好しのマルコがここで嘘をつく理由がない。いくら考えようと先ほどの言葉の意味が分かるはずもなく動揺するがそれを振り払うように残りの飯をかき込んで自分も席を立った。



翌日、天気は最悪にも悪天候だった。稲妻が光り風が強く吹き付け大粒の雨が斜めに地面に打ち付けていた。そんな悪天候だろうと訓練が中止になるはずもなく、ため息をつきつつも森の中をひたすら進んでいく。
今回の訓練は最悪に最悪が重なったのか悪天候の中での体力づくりが主となるサバイバル訓練に当たってしまった。雨のせいもあり視界が悪くどうも気分が優れないがこれも成績に影響される訓練だ、手を抜くことはできない。ゴールまでの道のりはまだ長いので無理をせずに今日はもう休むべきだと判断し雨が凌げる場所を探す。少し歩いたところで運良く絶好の洞穴を見つけて中に入る。足はもう歩き疲れて今日は使い物になりそうにない。

「……げ、」

「…なにその嫌そうな顔」

中に入るなり思ったより快適だと分かり安心したのも束の間、そこにはあのミオ・ローゼリアがいた。なんでよりによって奴なんだ。奴が火を焚いているためかこの空間は冷えきった身体に染み渡るように暖かかった。この状況…この女と一晩過ごせというのか、いや無理だ無理。だとするとここを出て他の場所を探すか?いや、もう探す気力も体力も残ってないし何よりここは無駄な労力無しに奴の火で暖かくなっている絶好の場。でもやはりミオ・ローゼリアは気にくわない。そんなことを繰り返し考えて葛藤していれば奴が口を開いた。

「あなたジャン・キルシュタインだよね」

「あ?…そうだが、何でお前が知ってんだ」

「頭突きくらってたから」

悪びれもなく淡々と言う奴の言葉が何だか逆に嫌味に聞こえてくる。お前の通過儀礼に比べたら俺のなんて大したことじゃねえだろ。

「お前なんか右ストレート諸にくらってただろ」

「まあ、ね」

盛大に皮肉を込めて鼻で笑ってみるも奴は気にすることなく短く応えて火を木の枝で突いていた。なんだか出るにも出れない雰囲気になってきたので雨避けのコートを脱ぎ、それなりに火の暖かさが届く場所の隅に腰を下ろす。微妙な沈黙が居心地を悪くする。奴と会話をするなんて此方から願い下げだがこの空気は重たいため話題を探す。先に沈黙を破ったのは意外にもあいつだった。

「憲兵団目指す、って言ってたね」

「……ああ、今のところ上位はキープしてる」

「内地のためなんでしょ」

そう言う奴の声のトーンがほんの僅かに変わったような気がした。下に向いていた視線をこちらに向けてきて目が合った。

「だったらなんだよ」

「…別に。人それぞれ考え方がある」

「はあ?あのな、死に急ぎ野郎も突っかかってきたが内地行きを目指すことの何が悪いんだよ。安全を求めて訓練兵が憲兵団を目指すのは今じゃ当然だろうが」

「死に急ぎ野郎って誰」

「…エレン・イェーガー。調査兵団目指すとかお前と同じようなこと言う奴だよ」

そう名前を出すだけで無性に苛立ってくる。なにが調査兵団だ、巨人を憎んでる奴が自主的に巨人の餌に成り下がってどうすんだよ。人類は巨人に勝てない、そんなの今の現状を見れば誰だって分かる。

「へえ、調査兵団目指す人いるの」

「…お前、本気で調査兵団に入る気かよ」

「なに、突然」

「壁の外に出るなんてただの自殺行為だろうが、自殺するために訓練してどうする」

「巨人を殺すために訓練してる」

「は?」

「私は絶対巨人の餌にはならない」

「馬鹿かお前、調査兵団に入って餌にならないわけがないだろ」

「…ジャン、あなた内地が完全に安全だって安心しすぎじゃないの。マリアの壁は壊された。次はローゼ、次はシーナ。所詮は巨人がいる限り壁の中に安全なんかどこにもない。壁は壊される、絶対。壁なんて薄い仕切りは人類の無駄な抵抗。そうだと分かって内地に行きたいと言うなら別に構わないけど私は、安全じゃない場所でじっとしてはいられない」

だったら巨人に立ち向かう方がマシ、それだけ。
奴は死に急ぎ野郎と似たようなことを淡々と、早口でそう言ってのけた。…おいマルコ、誰がこいつと似てるって?どう考えても俺よりエレンだろ。何を思ってあいつがそう言ったのかは分からんが、こいつは俺と考えだって正反対じゃねえか。どこも似ちゃいない。

「…内地が安全じゃない?壁の中が安全じゃないとしてもだ、壁の中と外で危険度の高さは十分違うだろ!」

「どっちも同じ。巨人を目の前にしたら結局自分を守るのは壁じゃなくて自分だから。強いて違いを言うならただの臆病者かそうじゃないかの違い」

「な…」

こいつには何を言っても無駄だと思った瞬間だった。今まで話したことが無かったから知らなかったが、こいつ相当な頑固だ。自分の意見を無駄に主張してきやがる。…いや、そこは俺も人に言えねえか、認めたくはないが。

「…なんか喋ってたら眠くなった、先に寝る。火の始末は任せた」

「はっ!?…おい!」

そして異常なまでにマイペースだ。あの張りつめた雰囲気の中で突然横になるから何かと思えば寝ると言い出した。「ジャンも寝ないと明日もたないよ」とか言ってくるあたり、さっき俺の意見を批判しまくったことは全て無かったことになっているようだ。自分一人困惑していることが馬鹿らしく思えて舌打ちをしつつも火を消した。

やっぱりミオ・ローゼリアは気にくわねえ。なんで俺が振り回されてるみたいになってんだ。誰がなんと言おうと俺は憲兵団に入る。そう思いながらも心のどこかで奴の言うことも一理あると認めようとする自分がいる。ああ認めたくない。こういう時は正直者という自分の性格が嫌になる。
明日も同じく訓練は続く。雨が止んでいることを願いながらも自分も横になって眠りについた。


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