調味料 | ナノ






※静雄が見た目は子供、頭脳は大人状態
※一応臨静はお付き合いしてる








「いざや」

舌ったらずの声で、呼ばれた気がした。






「シズちゃん?」

雑踏が忙しなく前後に動く中で、声の主と思われる長身の彼を探す。
確かに今声がした気がしたんだけど。
きょろきょろと辺りを見回しても、目につくのは俺が急に立ち止まった事に対しての非難の色が含まれた視線だけ。金髪も長身もバーテン服も、ましては彼の上司に後輩も見当たらない。
はて、空耳だろうか。
それにしてははっきりと耳に留まる声だったけれど。

(…はあ…もしかしたら、俺ももうそこまでいったのか)

結局ただの恋患い(笑)故の空耳だと結論づけて、とうとう俺も末期だなあ、と嘲笑しながら、騒がしい都心へと歩行を正した。













「……で、帰ってきた訳なんだけど」

時はあれから5時間程経った夕方、場所は新宿の某情報屋の本拠地――まあ所謂俺ん家だ。

「どういう事なの波江さん」
「どうもこうも無いわ。今言った通りよ」
「それをもう一回!」
「……面倒臭いわね…」

はあ、と心底面倒臭そうに、しかもまるでウジを見るような目で溜息を吐いた波江さんの膝の上には、小さな子供が一人、安らかに寝息を発てていた。
ていうかさ、ていうか、さ。一応、俺、上司なんだよね?そんなに目一杯溜息吐かれて、更にはそんな糞冷たい目で見られたら、俺、泣きたくなるんですけど。これでもさ、一応俺デリケートなんだよねえ。ハハ。…ハハ、ごめんなさいそんな冷たい目で見ないで。

まあ、気を取り直して!
珍しくソファーの真ん中を陣取っている波江さんの話によると、遡ること大体5時間前。そう、ちょうど俺が恋患いで空耳を聞いた時くらいらしい(因みにそれをうっかり波江さんに零したらまあ蔑みの目で見られた。波江さんだって弟君限定で厄介な病に罹ってるのにね)。その時に、インターホンが鳴って。見てみたら知らない子供がいて、そのまま帰らせようと思ったんだけど、突然子供が半ベソになって俺の名前を呼び出したみたいで。
最初この話を聞いた時、「え、俺?何で?」と素直に驚いたけど、どうやら本当の事らしい。ノンフィクションだってさ。
それで、波江さんも波江さんで何かを感じ取ったみたいで、その子を中に入れたらしい。一体何を感じ取ったのか。
そしてどうやらこのマンションに着くまでで疲れきってしまった子は、入るなり寝ちゃったんだとか。
じゃあなんでその子が波江さんの膝の上に抱き抱えられてるのかだなんて、そんなのは知らない。

そこで、一番大事なのがここからなんだよ。

その、子供が、

シズちゃんなんだって。


「何で!!」
「知らないわよ」

すぱっ。俺の心からの叫びは見事冷徹な心により跳ね返されました。
またちょっと心中のガラスにヒビが入ったけど、めげない。だって、この目の前の幼稚園児程ととれる小さくぷにぷにで髪が焦げ茶の子供があのシズちゃんだなんて、信じられないから。
というかタイムスリップかよ。何々、怪しさ爆発の非現実的な出来事の弾みで、この時代のシズちゃんとむかーしの、更にはちーっちゃいシズちゃんが入れ替わった、とかそんな感じ?へー。流石の永遠の21歳の俺でもびっくりっていうかさあ。まあ、ふ〜ん?その子が起きるなり俺のこと凄い形相で「ノミ蟲」って言ってくれるんなら信じてもいいけど、ほ〜お。

「いつまで百面相しているの。仕事なさい仕事」
「いや、その子が気になりすぎて仕事に手がつきません」
「何馬鹿な事言っているのよ。この子はただの貴方の好きなあの平和島静雄の幼児期。それ以外に何が気になるというの」
「いやいやそこだから!ただのって何!どれだけ順応性高いの?!」
「喧しいわね黙ってちょうだい。この子が起きるわ」
「えっ…。な、波江さんいつの間にそんなにほだされて…」
「もう、仕事しないでただ騒ぐのなら息しないでちょうだい」
「それ死ぬから」
「そうね」
「………」

辛辣な言葉に負けて、傷心を抱えたまま俺は波江さんの隣に腰掛ける。波江さんの膝の上の子供はとても柔らかい表情で眠っていて、それを波江さんは比較的柔らかい表情で見詰めていて、見様によっては親子に見えた。こんな事口に出したら、どんな返事がかえってくるか分かったもんじゃないから、絶対に言わないけど。
ふわふわの焦げ茶が寝息と共に上下して、正直すごく可愛い。もしこれが本当にシズちゃんなら、抱き着きたい可愛さだ。――まだこれがシズちゃんだと確信してないから、そんな事しないけど。

「…貴方…ペドフェリアにはならないでちょうだいね」

ぐさり。真横から飛んできた鋭い矢に心を貫かれる。
予想外の言葉に、わなわなと体が震えるのが分かった。

「――っならないから!」
「あら」
「ペドって、そんな無闇矢鱈に性的興奮覚えないからね!し、シズちゃんだけならまだしも、そんなペドって呼ばれる程にはならないから!」
「そう」

俺がどんなに必死に抗議しても、もう興味がないのか波江さんの視線は幼児へ向いていた。
畜生、どうせペドになるなって、なったら誠二君に手を伸ばされるかもだから、だろ?誠二君はもう高校生だろう、それに俺にはシズちゃんがいるんだってば。

「もし貴方が間違って誠二に視線を向けたら即座に息の音を止めるわ。何をどう使ってもね」

俺がまた心の中でぶつぶつ言ってると、再び冷徹の、本当に冷え切った言葉が降って来た。感情の篭っていない声がまた怖いよ波江さん。それに俺が誠二君をそういう風に見ようが彼はこちらを見もしないんだから大丈夫だろう。
…まあ、またかえってくる言葉が怖いから言わないけど。

「誠二が貴方をそう見なくても、いえ、見なければ見ない程、貴方は喧しくモスキート音を散らして誠二の幸せを奪っていくの。居れば居るだけ誠二が不幸になる。だから消すのよ」
「…あれ、心読んだ?今、心読んだよね?」
「もし誠二が不幸になるならあの泥棒猫も消してあげるのに…それなのに…幸せそうに誠二と日常を分かち合って…っ」
「ちょ、言葉のキャッチボールしよう。ほら、それにそんなに怒ったらちびシズちゃん(仮)起きちゃうって」

あっさり心を読んだ波江さんはふつふつと恋敵(というにはちょっと変かもしれないけど、一応合ってるはず)に対する怒りを沸かせていき、何だかんだ俺が幼児を気にしたら、…ほら、もう。

「……んぁ、?」

ほら、起きちゃった。





「……ん、…ふわぁ、」

波江さん曰くシズちゃん――なら、目の前で欠伸をした子供は俺の天使に値する。えんじぇるだよ、えんじぇる――がもぞもぞと目を擦って起きてしまった。ごしごしすると目に良くないんだけどなあ、と思ったが口には出さない。
そんな俺をすかさず見た波江さんの目線は、やっぱり冷たくて、涙目になりそうだった。

「ふああ、んぅ、………ん?」

やたら可愛らしく欠伸をする子供は、ようやくと言うべきか自分の周りに居る俺達に気付いて、目をぱちくりさせた。琥珀色が光を含んで反射して、更にはきらきらして綺麗だ。
まず、俺を見て。次いで自分が誰かに抱かれている事に気付き、波江さんを見て。
そこで、小さな口が、小さく開く。

「……いざや」

ごーん。頭の中で、重い鐘が鳴り響いた。
ごーん。目の前の子は、薄々思っていましたが、天使でした。
ごーん。目の前の子は、俺の愛する、静雄くんみたいです、まる

「…シズちゃん?」
「………やっぱ、でけえ」

俺が声を掛けるなり、聞いているのか聞いていないのか、シズちゃん(仮)はしゅんとし始めた。獣――例えば犬の耳が生えていたら、それが全面的に垂れているくらいに、しゅんとし始めた。

「起きたのね。…落ち着いた?」
「…あ、……っわ、す、みませ、」
「いいのよ。私が勝手に乗せているのだから座っていてちょうだい」
「え、……はい」
「随分寝たもの、すっきりしたかしら?」
「あ、まあ、あのときにくらべれば、ぜんぜんです」
「そう。よかったわ」

いきなりだが、目の前の光景についていけない。小さくなった恋人が、俺の助手となんかいい雰囲気になっている。見た目は親子だけど、いい雰囲気になっている。
そういえばシズちゃんの好みは年上だった、と少し焦りを感じながら、2人の会話に割り込もうと試みた。

「ねえ、君、本当にシズちゃんなの?」
「……いざや、なんかでかくてべつじんみてぇ。おまえ、いざやだよな?」
「………会話、しようよ…」
「なんかこうやってみると、いけめんだよなあ」
「……会話しよ、…?!」
「へんたいなのになあ。もったいねーな」
「…!?……っ!?」

め、目の前のがシズちゃんなら、今、大変なデレを目の当たりにしてます、俺。落ち着け、俺。まずは落ち着いて深呼吸だ、すーはーすーはー。よし、シズデレ対策をもう一度。
まじまじと見てくるちびっこは、なんとも可愛らしく。焦げ茶の髪は所々跳ねていて、ふわふわで。唐突なデレに我を忘れてふわふわの頭を撫で回したくなったが、理性が必死にそれを制した。

「シズちゃん…だよね?」
「あー、まだゆってる。のうみそのねえのみむしだなあ。がくがないのみむしなんて、おれのそばにいるしかいきるみちねえじゃんかよ」
「…シズちゃん、なんだよね?」
「……まだゆうか。」
「…シズちゃん」
「…そう、だよ。おれがしずおだよ。」

語尾をどんどん小さくして、「体が小さくなってどうすればいいか分からなくて、惨めに半ベソでここに来た静雄だよ」と舌ったらずに喋り、俯いてしまったシズちゃんに、もう先程の爆発的に投下されたデレも溶けていくくらい俺の心はピンクに満たされて、我慢出来ずに小さい池袋最強を思いっ切り抱きしめた。

「く、くるしい、…いざや、」
「もう、シズちゃん可愛い!!」

因みにシズちゃんを抱きしめたということは、少なからずシズちゃんを膝に乗せていた波江さんは何かしら被害に合っているのだが、何を思ったのか冷たい氷柱をぶっ刺す事もせず、しれっとしていた。
ぽんぽんと体を叩いて抵抗をするシズちゃんが愛しくて愛らしくて、ぎゅーっと痛くないくらいにまで力を篭める。

「そういえばシズちゃん、俺の名前呼んだ?」
「は?……いつだよ」
「お昼頃に」
「……ひるっていったら、ちいさくなったばっかできがどうてんしてたから……よんでもおかしくねえけど」
「ふーん?じゃあ、愛の力かあ!」
「はあ?どういうことだよ」

段々と眉間にシワが寄ってきた子供に、小さくデコピンをかます。ぴっと弾かれた指は綺麗に眉間へヒットして、一瞬琥珀が閉ざされた。
そこで、タイミングを見計らったように波江さんが立ち上がる。シズちゃんを膝から下ろしてソファーに座らせ、キッチンへと立って行った。

「臨也はコーヒー、貴方は?」
「あ、俺今日は紅茶がいい!」
「…ココア、あればココアで」
「わかったわ。それと臨也、注文つけるなら自分でやりなさい」

相変わらずのツンツンな言葉を聞き流しながら、シズちゃんを抱き抱えた。
さあて、今日はのんびり様子を見て、もし明日になっても体が戻っていなかったら、旧友のあいつのところにでも行こうか。もし解剖とかされそうになったら逃げればいい話だしね。
波江さんの持ってきてくれた紅茶の匂いを堪能して、ココアに嬉しそうにしている目の前の小さなつむじへ顔を埋めた。






ちょっぴり変わった調味料、果たしてお味は?






―――――
「言う」が「ゆう」になっているのは仕様です。

久しぶりに凄い勢いで書いたので、文がぐしゃぐしゃのめきょめきょだと思います…。すみません!

この溢れるパッションが、どうか被災地の方々へ届きますように!




(2011/03/12)



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