いただきます。 | ナノ







※津軽が静雄の家にいます













「うわあ……」

思わず間抜けな声が出る。臨也が久しぶりに俺の家に来るっていうからつくりはじめた夕飯、それは見事にグロテスクな外観をしていて、どう考えても食べ物には思えない出来だった。

「……味は普通なのにな…」

目の前のコンロに並んだ鍋から再び味見。うん、普通の味だ。とびっきりうまい訳でもまずい訳でもない。…敢えて言うなら、地味だな。
いや、これはあくまで俺の感想。もしかしたら俺自身の味覚が既に狂ってしまっているかもしれなくて、臨也からしたらまずく感じるかもしれない。
幸い俺の家には人間と同等の味覚をもった津軽がいるが、実際こんな危ない物の味見なんてさせたくなかった。

「…棄てるか」

意を決して鍋に手をかける。鍋の少々熱をもった感覚に一抹の寂しさを感じたが、これはもう棄てるしかない。材料が無駄になってしまったが、仕方ないことだろう。

「静雄」

「ん?」

たたた、と居間からこちらに小走りで向かって来た津軽は、相変わらず抑揚の少ない声で玄関を指差す。
俺は津軽の登場に咄嗟に鍋を流しへ隠した。これはまだ津軽にも秘密なんだった。まあ、嗅覚から何かしら情報を得て自分なりに処理しているだろうが。

「臨也がきた」

俺と同じ声に紡がれた言葉にどきっとした。同時に俺の中の時間が止まる。嘘だろ、まだ時間まであと15分以上あるぞ。
とにかく棄てなければ。必死にビニールのゴミ袋へと鍋を傾けた、その時。

「何してるの?」

「…………臨、也」

いきなりの登場に瞳をぱちくり瞬かせている津軽の隣に、赤目のノミ蟲。
いつの間に入ってきた。鍵はどうした。そう問い詰めたかったが、それよりも、まず。
(見ら、れた)
さあああと血の気が引くのがわかる。最悪だ。ああ、津軽に隠すよりもまず先に棄ててしまえばよかったのに。馬鹿、俺の馬鹿。

キッチンの構造上俺と向かい合っている臨也の視線は、痛いほど鍋に注がれている。やめてほしい、必死に笑みをつくって鍋を後ろ手に隠す。

「それ、シズちゃんがつくったの?」

赤い瞳に拒絶されるのが恐くて顔を見れない。どうも責められているように感じて思わず肩が震えた。

「…いや、……あの、さ…。…い、臨也、いつも、……俺につくってくれるだろ」

「うん」

たどたどしく喋る俺の声に震えが加わり、情けなさに叱咤したくなって、どうにかして目の前のグロテスクを臨也の視界から外そうと鍋を動かす。すると、臨也から制止の声がかかった。

「それ、棄てるの?」

「あ、当たり前だろ。…こんなもん」

「ふうん…」

とにかく非難される前に棄ててしまいたい。只でさえこのグロテスクにもう精神はズタボロであるのに、更に傷を抉られたくない。そんな思いがどうしても前面に出てきて、必死に臨也の視界から逃れるように俯いた。

「それ俺のためにつくったんでしょ?」

ふいに、冷たい視線を感じて顔をあげる。そこに見えたのは、臨也の冷たく赤い瞳で。怒った、そう体全体が感じた瞬間だった。
だが、そんな冷たい色は直ぐ様失せて、いつもの何を考えているかわからない色に変わった。そんな中俺は何も言えずに立ち往生。
肯定したいが、否定しなければ。そんな矛盾ばかりが心を巡る。

「ま、いいや。味見ね」

白い指が俺の横に伏せて置いてあった計量スプーンを手にとったと思ったら、何と言う事だ、そのスプーンを躊躇いもなく鍋に突っ込んできた。

「――は、あ!?ちょ、臨也!」

突っ込まれたスプーンは早々と鍋の中身を少量掬って、そのまま素早い動作で臨也の口へ。
一瞬遅れた俺が手を伸ばしても、もうスプーンは形のいい唇から出ていて、俺の気持ちなんか総無視な臨也は緩慢な動作で流しへスプーンを置いた。カチン、という硬い音がやけに耳に残る。

「……不味くないじゃん」

短い沈黙を破ったのは臨也で。その口から出た言葉をかみ砕けないまま、とりあえず安心した俺が情けない。

「そんなに隠すからどれ程だろうと思ったら。何を心配してたの?」

確かに見た目は斬新過ぎで笑えなかったけど、と薄く笑いやがった臨也の右端に、心配そうにこちらを見つめる津軽を見付けた。
ちょうど玄関から居間に続く廊下の影から覗き込むように蒼い双眸がこちらを向いている。
途端に申し訳なくなって瞳で謝罪の念を送ると、それに気付いたらしい臨也が少し身を乗り出してきた。
近くなった顔に思わず後退り。

「誰見てるの」

「え、…津軽」

「なんで」

「はあ?なんでって、そりゃあ」

さっきの一瞬の険悪ムードに怯えちまってるし。
そう口に出す前に、目の前で臨也が思いっきり溜め息をついた。
声まで出された大げさな溜め息。臨也はなんだか呆れたように俯いて、おかげでつむじがこちらを向いた。

「…忘れてたよ、君は馬鹿なんだよね」

「……は」

「どうせ俺のつくった物と比べたんでしょ。…馬鹿だなあ、殆ど毎日俺が誰と一緒にいると思ってんの」

「……比べてねぇし」

「いいや、比べたね。それに例え本意でないとしても、俺が一番一緒にいるのはあの波江さんだよ?シズちゃんも彼女の料理の腕は知ってるだろう」

「……」

「拗ねないの、仕事なんだから仕方ないでしょ?それにシズちゃんに拗ねられたら俺が津軽に嫉妬し損ねるじゃない」

「拗ねてねえよ馬鹿!あと津軽にんなもんすんな!」

ふざけんな、この野郎。そんな言葉は序の口で、まだまだ溢れて来る文句や愚痴なんか全く口に出来ずに色々な思いが胸中を燻っている中、くすりと臨也が笑って。

「まあ、とにかくだ。それは棄てちゃ駄目。あと、ちょうど俺お腹空いてるんだ、だからそれ食べたいな」

嫌だと首を振るしかないような要求をしてきた赤い目は、何やらやたらと楽しそうで、思わず津軽に助けを求めた。



















「…臨也、静雄がやだって」
「津軽、さっきはごめんね。俺醜い嫉妬なんかしてないから!」
「(無視された…)…嫉妬は、自分の愛する者の愛情が他に向けられるのを、恨み憎む気持ちだって聞いた。…俺は醜いとは思えないけど、醜いのか」
「えっ じゃ、じゃあ遠慮なく嫉妬させてもらう!津軽に!」
「!?俺、臨也相手みたいな愛情向けられてない」
「違うよ、別に恋愛感情じゃなくても愛情は愛情。家族愛とかも愛情の内の一つだよ」
「…そうなのか」
「うん、だから嫉妬しちゃうから、これから宜しく」
「…!?」

「(…俺の料理の話はどうなったんだ?いや、別に良いけど)」


「(勿論食べさせてもらうよ!見かけより愛情でしょ!)」











――――――
こんなの書いた後ですが、静雄さんは料理できるといいな´▽`
いやできなくてもいいけど!(^ゝ^)




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