見えなくなって、そのうち | ナノ










「デリックデリックデリックぅううう!!!」

耳をつんざくような叫び声がデリックのもとへ響き渡る。あまりの呼び声にぎょっと振り返った彼の瞳に映るのは、輝かしい桃色の瞳に涙を浮かべすごい勢いでこちらまで走ってくる兄のサイケである。感情豊かなサイケに今まで数え切れない程振り回されてきたデリックでもこの大声には驚いてしまうしまうようだ。

「に、兄ちゃん。どうした?」

「デリック、び、びっくりだよぉ!」

走ってきた勢いのまま抱き着かれ、デリックはあつい抱擁にバランスを崩して倒れてしまわないよう注意しながら問いかける。
ぐずぐずと鼻をならしながら見上げてくるサイケはもはやデリックの兄とは思えない。兄の面影が皆無になった彼はもう弟にしか見えなかった。

「どした?津軽関係?」

「違うよっ!ひ、日々也くんがあ…っ」

「…日々也?」

予想外の人物の名に、おもわずデリックの双眸が僅かながら見開かれる。いつもサイケは津軽にべったりで、今回も彼に関わっていると思ったのに。
瞳が丸いままなデリックに気付きもしないサイケは涙を拭いながら、再び口をあけた。因みに、鼻は変わらずぐずぐずである。

「日々也くんがねぇ、王子様なの!!」

「……は?」





♀♂





日々也が王子様、と泣きつかれ、納得に苦しむままサイケに手をとられたデリックはひたすら白い空間を歩いていた。
―――日々也が王子様って……恰好のことか?
―――でも、それは今更過ぎるだろ。
無意識に右手を顎に添え眉間にしわを寄せていたらサイケが立ち止まる。デリックはサイケの後ろを歩いていて、更には考え事をしていたためもちろんそれに反応しきれず真っ白な背中に思いっきりぶつかってしまった。
身長差があるわりに目と鼻の先にあるサイケの顔は先程とは打って変わって静かにこちらを振り向いた。

「…兄ちゃん?」

「行くよ」

もう涙は引っ込んだのだろう。いつもよりほんのり赤みを帯びた瞳にデリックを映し、サイケはデリックを握っている手を強めた。
その一言と強められた手でデリックは全てを悟り、頷いた。今の合図は電脳世界から現実世界へと2人が行くときに必ず繰り返していたもの。前にこのやり取りがあったのはもう随分と前の時分だったので少し懐かしく感じたが、デリックにはきちんと通じたようで、サイケは満足そうに静かに瞼を下ろす。
次の瞬間、2人の体がふわ、と重力を感じなくなり、そのまま何かに引っ張られる感覚に身を包まれ2人は電脳世界を後にした。





♀♂




「臨也くんデリック連れて来たよっ!」

真っ白な世界から次元を超えて、清潔ではあるが人間味の溢れた部屋に2人は足をついた。部屋に着いた途端サイケは振りほどくまでではないが勢いよくデリックの手を離し、臨也のもとへ走っていく。相変わらずの兄の様子をデリックは呆れたように見つめ、ちょうど目の前に居座っているソファーに視線をずらす。そのソファーには皆のマスター、臨也が右に津軽を置いて座っていた。

「……日々也に何かあったって聞いたんだけど」

何があったんだ?と小首かしげるデリックに、少し臨也は罰が悪そうに目を伏せた。流石オリジナル、成す仕草全てがナチュラルである。だが、それがデリックは逆に気にかかってしまい、窺うように赤い瞳を見つめた。

「ちょっとね、日々也がウイルスにかかって」

「えっ もうかよ」

「うん。…で、ちょうど近くにいた津軽に手伝ってもらったんだけど…」

臨也にしては珍しいもごもごと要領を得ない渋るような話方に、嫌な予感がデリックの脳を過ぎる。
―――いつも俺達に見せるのは飄々とした表情なのに、なんでこんな顔してんだ。
少々緊張してきたデリックはだまって臨也の言葉の続きを待つ。デリックと臨也の桃と紅が再び交わり、はぁ、と紅の方が小さくため息をついた。

「……ごめんね。…日々也の性格、変わっちゃったんだ」

―――は?
言葉の意味がいまいち理解できずすぐさま聞き返そうとしたその時、聞こえてきた足音。かつん、かつん、と一定のリズムでこちらに近付いてくる。
臨也の言葉を全く飲み込めないまま足音のもとへ視線をずらすと、扉を開けて部屋へ入ってくる者と目があった。日々也である。

「日々也…」

今まで黙っていた津軽が少し焦った様子でソファーから身を乗り出し日々也の名を呟く。そんな津軽を気にすることもなく日々也はデリックを見つめた。デリックは日々也に見つめられたまま口を開かない。
いつもと変わらないように見えるが、日々也は臨也の言う通り変わってしまったのだ。今日々也に会ったデリックがそれをわかるはずもなく、ただただ脳が混乱していくのを感じて、それに身を任せているだけだ。

―――"変わった"?何が?
―――日々也の、性格?
―――性格、…日々也の、性格…?

臨也の言葉を復唱しつつ、無理にでもかみ砕こうとするが未だに意味が掴めない。あと少し、というところで日々也の口が開いた。
形のよい唇がつむぐ言葉にどれ程自身にとっての悄愴が含まれているか知らずに、デリックは耳を傾けてしまう。

「久しぶりだな。デリック」

少し、いつもよりきつめの口調に冷めた瞳、刺々しい雰囲気。それらに反射的にデリックは違和感を感じ、気付かないうちに背筋を冷や汗が伝う。

「…え、…日々也?」

「むっ 呼び捨てにするな。デリックの分際で頭が高いぞ」

今までの日々也からは考えもつかない、まるで別人のような言動。動揺を隠せないデリックはただただ戸惑い、ピンクの双眸が揺れ動く。瞳は日々也を映して揺れるのに手足は全く動かせないのは、全身が嫌な予感に対して無意識に身構えているからだろうか。
そしてやっと、臨也の言葉が現実味を帯びてデリックに襲い掛かる。

『ごめんね。』
『日々也の性格、変わっちゃったんだ』

―――…じゃあ、もとの、日々也は?

「?デリック、どうした?相変わらずお前の瞳は輝かしい桃色だな。兄弟揃って眩しいぞ」

―――今目の前で笑ったのは、昨日俺の隣ではにかんで笑ったあいつの顔。…でも、仕草も、言葉遣いも、どう考えてもあいつじゃない。
くるくる、ぐるぐる、ぐらぐら。脳が混乱し続け、崩れ落ちそうなのを感じる。
―――やっと、会えたと、思ったのに。
ゆっくりとデリックの目が伏せられ、瞳に影をつくる。デリックの好きな、会った時から好きな日々也が目の前にいるのに、どうしても目をあわせられない。

「なんだよ…それ」

はは、笑えない。
笑みが引き攣っているデリックに臨也もサイケも津軽も、宥めの言葉一つかける事ができなかった。ただ、皆静かに2人を見つめるだけ。それ以下も、それ以上も2人を目の前には何もできなかった。
―――ウイルス、だっけ?
―――はは、は…。

―――…俺のあいつを、返してくれ!

心の中で叫ばれた言葉は口に出される事はなく。目の前で妖しく目を細めて静かに微笑む日々也に、デリックは泣きそうになった。



見えなくなって、そのうち
(もとのあいつは消えてしまうのか)




―――――
臨也おまどうにかすりゃ直んでね?という事でボツ!です。
このまま日々也に心開かないもよし、開いていくもよし。
選択肢は無限大ですな!(´ω`)←


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