自称臨也――まあ、…常識的に有り得ない話だが、俺の中ではこの子供が本当にあの臨也なんだという確信が生まれ始めていた――が俺の目の前にきて1時間がたった。短いようで長かったこの1時間で自称臨也はずいぶんと俺に懐いた。 俺の膝に乗りたがったり、金髪が珍しいらしく瞳をきらきら輝かせながら髪をいじくりまわしたり、肩車をされたがったり、いきなりじゃんけんしたがったり。自称臨也はずいぶんと忙しく俺の周りを動き回った。 「ねぇしずちゃん」 「あ?」 「しずちゃんはこわいのにやさしいね」 今度はまた俺の膝の上を定位置に決め、くるりと頭を振り向かせながら目を合わせる自称臨也。その言葉がいまいち理解できず首を傾げてしまう。 俺を見上げる子供らしい笑みを浮かべた赤の色は深く無限を思わせる程綺麗で。その深い赤に臨也を思い出してしまい、思考を取り去ろうとおもわず頭を振る。そんな俺に疑問符を浮かべながら口を開く自称臨也は、やはり笑っている。 「しずちゃんみかけはこわいのに、やさしいもん!」 にこーっと花の飛ぶ笑顔を向けられ正直面食らった。ぶっちゃけ俺はこんな小さい子供と接するのは初めてだ。俺からしたらすごく小さい茜だって、こいつ程ではない。瞳を目一杯きらきらさせて小さい体を一生懸命動かす様には感嘆せずにはいられなかったが、それ以上の衝撃だった。"やさしい"という言葉は。 「…………お前の中で、俺はどううつってんだよ」 半分自嘲気味に呟く。今の俺に目の前のこいつの言葉を覆す事など簡単だ。こいつの前で俺の力を使えば一発、一発だ。力を使って、こいつを傷付けるとか、思いっきり物を壊すとかすれば、簡単に。 ―――簡単に、みんな離れていくんだよ。 「しずちゃん?」 ハ、と我に返る。どうやら情けない事に考え込んでしまったらしい。心配そうにこちらを見上げる自称臨也に大丈夫だと返事をし頭をぐしゃぐしゃと少し乱雑めに撫でる。 それでも瞳は心配そうなままで嬉しそうな色を滲ませもせず、内心焦りがじわじわと広がっていく。何に対しての焦りかはわからない。ただ嬉しそうにしてくれない事に対してか、目の前の子供に悟られることに対してか。 「…大丈夫、おれがいるよ」 きゅ、と小さい手が俺の裾を掴んだ。もう赤い瞳はこちらを向いてはいない。 「それに、しずちゃんにはおともだちとか、たいせつなひとがいるでしょ」 小さい口が舌ったらずに呟いていく。 「それがなんにんだとか、そういうのじゃなくて。……けっきょくのところ、しずちゃんはしあわせものだよ」 呆然として目の前のつむじを見つめる。こいつ4歳のくせに随分しゃべるな、とかそういう事は二の次で俺の頭は作動しなくなってしまった。 ――ああ、こいつ臨也だ。 1時間前も思った言葉が確信を得てだんだんと現実味を帯びてくる。純粋な笑顔も、舌ったらずに話す様も、俺の周りを動き回るのも、全て臨也のもとなんだ。さっきは疑問に思ったが、こいつが大きくなったらああなるのは必然なのかもしれない。 随分と自分の直感を過信してしまっているように感じるが、実際今のこいつの瞳を"臨也"の時に見たことがある。その時も、俺の事を"やさしい"と言ってくれた。 やさしいという単語自体はセルティや幽から言ってもらったことはある。しかし臨也の言ったその言葉は何処か2人とは違ったんだ。恥ずかしくて忘れたのか記憶するほどでもなかったのか、その"何処か"は忘れてしまったけれど。 「…それにね、しずちゃんがもし、ずっとひとりだったら」 おれがおむこさんになってあげる! とびっきりの笑顔から飛び出した、俺のシリアス気味ていた心中を吹き飛ばすような台詞に耳を疑う。いまいち理解できない事にデジャヴを感じつつ目の前の頭部に焦点を合わせると赤い瞳がこちらを見ていて。 先程とは違った、子供ならではの笑みを浮かべた自称臨也は続けた。だからあんしんしてね!おれおかねもちになるから!と。 「…………ぶふっ」 思わずふき出してしまった。でも仕方のない事だと思う。うん、誰だってこんな事言われたら笑ってしまう。そう無理矢理自分を正当化させ笑いをこらえる。申し訳ないが、今の笑いできっと子供は拗ねてしまっただろう。 「しずちゃん?……むー。しずちゃん?」 真下から聞こえてくる声が予想どうり拗ねているから再び笑ってしまう。あはは、と笑う声が誰もいない部屋に響いた。 「ちょ、おま……なんだよ、それ」 「?なにがー?」 「おむこさんって、…はは、馬鹿みてえ」 笑い過ぎて目尻に涙がうっすらと浮かび上がる。笑いすぎて涙目とか何年ぶりだろうと考える隙間も無しに自称臨也が口をはさんだ。少し焦った物言いで俺を見上げている。 「ばかじゃないもん!へんかもだけど、おれはほんきだもん!」 「本気って……」 笑って口元が緩んだまま自称臨也の頭を撫でる。 こいつ本気の意味わかってんのかな。きっとまだ好きな人すらできていないだろうに。 でもやっぱり、たとえその時の気の迷いでも嬉しいのは確かだった。"やさしい"も"ほんき"も今の俺には効果抜群らしい。気付いたらこいつといるのに違和感を感じていなかった。 「でもね、あのね、」 拗ねてたと思ったらいきなりもじもじとし始めた自称臨也。さすが子供は表情がころころ変わるなとしみじみ思う。いや、まあ、俺も幽もこれ程ではなかったと思うが。 自称臨也の頬にほんのり赤みが増して下方に向けられた視線をなんだか俺は微笑ましく思った。 「きっと、いま、しずちゃんにはたいせつなおあいてが―――」 ふわりと細められた綺麗な瞳がこちらを向いたと思ったら、ばふ、と間抜けな音がした。 クッションから空気が抜けたような、そんな間抜けな音。 「…は、……臨也!?」 俺の目の前が真っ白に染まる。瞬時にそれが煙りだと気付き、その時この先起きることを悟ってしまった。 俺の真下で再び起こった異常事態を凝視しつつおさまるのを待つ。……いや、実際のところ待つというよりも相変わらず呆然としていただけなのだが。 もくもくと立ち込めている煙りがだんだん薄れていく。そこでハッと気付いた。自称臨也の頭部は、俺の背が高いこともあり膝に乗せると胸辺りだった。でも、目の前にいつのまにかあった気配は少なくとも目程の高さまである。 薄れていく煙りは更に薄くなっていき、目の前の気配の姿を明確にしていく。自称臨也よりも随分と高い背に、黒髪。どうやらその気配はこちらを向いているようで、赤い双眸がやけに目立った。 先程これから何が起こるか気付いてしまったからこいつの正体はわかっているはずなのに、なんだか緊張した。 時間がたって煙りがまったくなくなる。すっきりとした視界に移る黒ずくめにおもわず安堵。 ―――ああ、臨也だ。 黒ずくめはぱちぱちと目を忙しなく動かし、自分が他人の目の前にいるという事に気付いたらしく恐る恐る視線を上方にずらしてきた。 「……シズちゃん?」 見開かれる、赤。俺の胸に拳をつくり添えられている手にほんのり力がこめられたようで、僅かな振動を感じた。 「……おう。ノミ蟲」 「……………帰って、きた?」 未だ事の顛末がきちんと理解できていないのか、小さく呟かれた言葉。 "帰ってきた"か。やっぱりこいつ時空とか超えたんかな。 つい数分前までいた自称臨也を思い出す。そのまま目の前の等身大臨也を見るとやはり重なる面影に、ほんのり既視感。 俺に見られている事に気付いたのか赤と視線が交わった。 「…ねぇシズちゃん、ここに今まで誰かいなかった?」 「…誰かって?」 「……いたんだね。ねえ、誰?…もしかしてさあ、小さい俺だったりしない?」 途中からいきなりにやにやとし始めた臨也はやっぱり少々憎ったらしかった。いや、こいつから憎ったらしさや、人間として好かれない部分をとったらもう臨也ではないか。 「………秘密」 お前に真相なんて教えてやるか。そんな気持ちをこめて言い放ってやる。どうやら自称臨也のおかげで頬の筋肉が緩んでしまったらしく、おもわず微笑んでしまった。 臨也見てなきゃいいな、と思ったのもつかの間、視界に移るきらきらした瞳。 「っしししシズちゃん!今の、す、すごいいい笑顔だった!!綺麗だった!!え、な、何、何がそんなに綺麗な笑みを生み出したの!?」 ぱあぁ、きらきらなんて効果音がつくような目の前の眉目秀麗の顔は、どう見ても幼くて。なんだ、テメエ20年前から変わってねえじゃねえか。そう思って、息を吐く。 「……臨也」 落ち着いて声をかけると、幾分か相手も落ち着いてくれる。 「……おかえり」 「…ただいま」 へにゃ、と破顔した眉目秀麗に、お前の方が何倍も綺麗だ、と思った。 小さな花は艶やかに咲きました。 「ねえシズちゃんもう一回笑って!一回だけでいいから!」 「もう笑えねえ」 「嘘!そんなことないよね!だってシズちゃんだもん!」 「そういやテメエ可愛かったぞ。小さくて」 「いやシズちゃんの方が……って、は?」 「小さくて、ふわふわしてた」 「え、……何俺やっぱり時空間超えたの!?」 「これから先はノミには教えられません」 「えっ ちょ」 ―――― 思った以上に…甘い…(´・ω・) そして途中から迷走しましたね(´`) |