「それで…もし失敗して会ってしまったら、落ち着いて自己紹介でもなんでもいいから、人当たりの良さそうな笑顔でも向けて、隙を見付けて逃げる」 「……は、はあ」 「甘楽は足速いんだから、きっと逃げ切れる。うん、大丈夫」 臨也くんの横顔が真剣味を帯びたと思ったら、眉間にシワが寄って、私の頭に手が乗って、ぽんぽんと弾んだ。 あれれ、あれ?私、てっきり「俺、好きな人いるんだ」みたいなお話をされるんだと思ってました。逃げて、ですか。…ん、いや待って下さい、もしかしたら、肉親に好きな人を見られたくない、みたいな気持ちから来た台詞かもしれません。臨也くんはきっと人一倍独占欲が強いのかもです!いや、実際、肉親に想い人見られるとか、恥ずかしいですもんね。うん、きっとそうです! ですが、臨也くんには悪いですが、私はそのヘイワジマさんに会いにここに来たといっても過言じゃないんですよ。だから、真っ正面から向かって行きたいんです。臨也くんは解ってくれますかね? 「臨也くん!」 「ん、何」 「私、頑張りますね!ヘイワジマさんに会ったら、まず挨拶!臨也くんがお世話になってます、姉の折原甘楽と申します。とかどうでしょう?」 「…いや、俺の名前は出さなくていいかな、シズちゃん怒りそうだし」 「……シズちゃん?あっ、もしかして、ヘイワジマさんのあだ名ですかっ?」 「あ、…うん、そうだよ。可愛いでしょ」 「はいっ!可愛さ炸裂ですね!」 ああ、でもあだ名をつける位ヘイワジマさんと仲がいいのかとか、可愛いあだ名つける位ヘイワジマさんに愛情向けてるんだなあとか、まだまだ沢山思ってしまって地味に凹みます。これは実物のヘイワジマさんに会う前に臨也くんの惚気で倒れてしまうかも。ううん、考えものですね。 臨也くんにバレない程度に凹みながら、私がヘイワジマさんのあだ名を口にしていたら、唐突に強く腕を引かれて思わず転んでしまいそうになりました。 引いた相手は臨也くん。最初は何が何だか解らず人混みを縫って引かれるままに駆けていましたが、段々人混みが私達を境目に左右に割れて行って。そこで気付きました。後方から、低い声色が臨也くんの名前を這うように呼んでいた事に。 「甘楽、先に家帰れっ!」 「えっ、あ、――わっ!」 どんどん割れて行く雑踏に私を無理矢理押し込んで、臨也くんはキュキュッと方向転換。そして袖から何やら銀色のものを出して、やってくる声色に向けて構えて。 「やあ、シズちゃん」 雑踏が野次馬のように一定の距離を保ちながらザワザワと騒ぎ出しました。中にはさっさと自分の目的地へと向かう人もいたけれど、大多数は臨也くんに視線を注いでいるようです。 ざわめきが一層増したと思ったら、長身の人が臨也くんの前に立ちました。金髪で、白黒の服――あれは所謂バーテンさんのかな――を着ていて、手には、 「……標識?」 え、と私が今一反応出来ずにいると、さらに金髪の人は爆弾を落としました。 「シズちゃんシズちゃんってよぉ…。俺の名前は平和島静雄だって何回言えばわかんだよ。脳みそ足りねえのか、臨也くんの癖に……ッよお!!」 いきなり標識らしき長いものを振り回した金髪さんに、野次馬はキャアキャア声を上げて逃げて行きました。私はその波に抗える訳もなく、流されていきます。 (……え?) 私は、ようやく2人から随分離れた所で波から逃れる事が出来ました。でも、頭は波にさらわれたままのように、はっきりと形を主張出来ずにうやむやなまま。 (……ヘイワジマ、シズオ…) 臨也くんがヘイワジマさんに会ったら逃げろと言った理由が解りました。ヘイワジマさんは、怒りん坊さんで、すぐ暴力を奮うんですね。 でも、でも。 ハッと我にかえると、臨也くんが金髪さんへと手に持ったもの――恐らくナイフでしょう、臨也くんはああいうものが好きですねえ――で攻撃していました。 ああ、ああ。 なんだ、あの2人は意地悪だ! (臨也くんの好きな人が男だったなんて!) 貴方と私のベクトル  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 最後のあの2人=クルマイ 甘楽ショックな回でした! |