何がどうしたのか、俺は何をするべきなのか。 日頃から情報を売っているくせに、いざとなったら糞の役にも立たない。 「…シズ、ちゃん?こめかみから、そんなに血だして、目ぇ見開いちゃって、どうし、たの」 ざわざわ。どくどく。嫌な汗が吹き出る。ああ、今、俺はきっと大層情けない顔してるんだろうな。 脳内が真っ白になっていく中、震える声でシズちゃんに問う。どうしたの、もしかしてドッキリ?血、いっぱい出てるよ。もしかしてこれケチャップ? でも、何も返ってこない。あの罵声も、あの怒声も。 呆然として力無く膝をつくと、シズちゃんも地面になだれ込む勢いで膝をつく。 俺は、何がなんだかわからないまま、強く強く、それこそ力一杯池袋最強を抱きしめた。 「………死んだ、の?」 静かな路地裏に響く俺の声は、上擦っていて、気持ちが悪い。 途端ガヤガヤと右奥から再び異国の言葉が聞こえてきて、地から視線をずらせば、あからさまに俺達を指差していて。人を指差すんじゃありません、なんて内心で投げ掛けてみたけど、届く訳もなく。 異国の言葉を喋ってこちらを指差していたのは、黒いスーツを着た“いかにも”な人達で、それぞれ手に拳銃と思わしき物をぶら下げていて。 そこで、ようやく合点がいく。 シズちゃんは、あの銃声で、あの外国人に殺されたんだ。 恐らく、あの様子だとシズちゃんの死体を持ち帰るんだろうな。 きっとその現場にいる俺は殺して。 相手は数人、手には拳銃。 俺は一人、手にはもう意志を、命を失った喧嘩人形。 俺の身体能力なら逃げる事は可能かもしれないが、シズちゃんを担ぎながらでは無理だろう。 見捨てれば逃げられるだろうに、何故かシズちゃんから離れる気は更々なかった。 いつか、死ぬとは思っていた。 俺だろうと、シズちゃんだろうと。 シズちゃんは会う度本気で殺しにくるしね。 でも、まさか、こんな早く、他人の手でだなんて思っていなかった。 ていうか、シズちゃん脳天は人並みだったんだね。 もっと硬かったりするのかと思っていたよ。 まだまだ思う事はあるのに、霞む思考で外国人を見ていたら、俺の頬が濡れているのに気付いた。 あれ、まさか俺、泣いてるのか。 自覚した途端、勢いよく視界を滲ませる涙が鬱陶しい。その端で、バン、という数回の銃声とともに、こちらに銃を構え反動に堪えている外国人を、まるで他人事のように見付けた。 「シズちゃん、大好きだよ」 まさか、想いを初めて口に出したのが君の死後だなんて、笑っちゃうよね。 「いーざーにーいっ!」 どすっ、俺の腹にいきなり圧迫感。伴い、ぐえ、と情けない声を出しながら目を覚ます。明るい照明に目を細めると、得意げに俺の腹に馬乗りになっているマイルを見付けた。 「…マイル、お前な……」 「おはよう、だっていざ兄おそいんだもん!今日は卒業式でしょー?ちこくしていいの?」 「…は?…今日?」 卒業式?何のだ?未だはっきりとしない脳を動かし思考を巡らせる。 その中で脳裏を過ぎった、暗がりに浮かんだ赤を思い出し、思わずガバッと体を起こした。俺の腹を跨いでいたマイルは、勢いに負けて「わあーっ」なんて言いながらベッドから転げ落ちていった。 いや、それよりも、…それ、よりも。 「……シズ、ちゃ…?…ここ、俺ん家?な、んで…?」 様々と鮮明に蘇る記憶。 俺は、シズちゃんと一緒に外国人に殺された筈なのに。 あの路地裏で、拳銃で。 実は俺は死んでなかったのか?弾が外れて?そこで偶然通りかかった、セルティとかサイモンとか四木さんとかが、助けてくれたとか? そ、それなら何とか。いや、でもなら何で俺はその事を覚えていない。それに、シズちゃんの体はどうなった。新羅の家か? 「いざ兄ー。ご飯できてるよー」 「あ、ああ…」 小さいお下げを揺らしてマイルが覗き込んでくるから、頭を撫でてやって、何と無く変な違和感を感じた。 そこから、今自分がいるここが、一瞬にしてまるで違う世界のように色をかえて目に映った。 ざわざわ、ざわざわ。心が波立つ。 まず、だ。今、俺はマイルと住んでいない筈だ。 朝ご飯を作ってくれるような人とも、住んでいない筈。 それに、このマイルは小学生か?何にしろ、俺の可愛くない妹はこんなに小さくない。 更に。先程この小さいマイルは何て言った?“今日は卒業式”そう言わなかったか? また更に。 俺の今いる部屋は、記憶の樹海に埋もれかかっていた、俺が学生だったころの部屋の記憶に、酷似していた。 “タイムスリップした。” 結論はそうなった。 先程、マイルに急かされ顔を洗い歯を磨き、寝巻のまま手を引かれれば、懐かしきリビングが出迎えてくれた。 机の上には、温かそうな、いかにも絵本に出てきそうな色とりどりの食事。 既にクルリが椅子に座っていて、その隣にマイルがすかさず座った。残りの椅子は、3つ。 ちら、とキッチンを見遣れば、懐かしい母親の姿。最後に見たのと比べて、随分若く見える気がする。 食事は3人分用意してあって、クルリとマイルがもう食べているから、必然的に残った1人分の席に座る。 それから、普通に食べ終えて、自室に戻り恐る恐るクローゼットを開ければ、学ランやらワイシャツやらが掛けてあって、ため息をついて。 今日は卒業式だっていうから必死に服装を思い出しつつ正装に着替えて、俺の事だから昨晩の内に用意しているだろうと、中身を確認する事もせずに鞄を手に取り家を出た。 家を出て、今。 まあ、この数十分の事を考えれば、タイムスリップしたというのが妥当だろう。例え、現実味がこれっぽっちもなくても。 玄関先で、何となしに家を仰ぎ見る。それと同時に浮かぶ、俺の最後の20代の日。最初は夢かとも思った。シズちゃんが死んだ事も、俺が死んだ事も。 でも、夢だったというには色々と不可解な事があった。 現に、俺は20歳を過ぎた記憶も大量に持っているというのに、あの部屋にあったカレンダーは随分と昔の日付、テレビも古めかしい、母親が家にいて、クルリマイルが小さい。 それに、クローゼットを見た限り今日は中学の卒業式らしい。と、いうことは未だシズちゃんにはあっていないのだ。俺の記憶が正しければだけど。 はあ、もう一度ため息をつく。 タイムスリップしたってことは、このまま俺の経験通りに過ごせば、またあの場面になるのかな。 手も、体も、あの時感じた彼の体温を覚えてる。死んだ、そう自覚した途端冷たく感じたのも、覚えてる。 まだ、鮮明に思い出せる。 ああ、何がなんだかわかんなくて、涙が出そうだよシズちゃん。 このまま通学して新羅に会って、人生2回目の中学卒業式を受けて。 高校に上がって、シズちゃんと会って。 未だタイムスリップがいろいろ引っ掛かっていた俺は、昔みたいにシズちゃんに刺客を送る気にもなれず、そのまま普通の友達みたいになって。 それまでは、よかった。 逆に、俺はこういう喧嘩ばかりではない普通の関係を望んでいたから、こっちの方が嬉しかった。 でも、そのまま友達をやるということは、いつまでも刺客を送らないという事で。 不本意というべきか、シズちゃんの体は俺の送った刺客がきっかけで、今のように強靭になったみたいで、未発達のままのこのシズちゃんは、未発達の体のまま、ヤクザに目を付けられた。 そこからは、ご想像の通り。 中途半端な体のまま暴れ、そのまま消されてしまった。 絶望したよ。俺が総てを把握しないまま出会ってしまったから。 だから、シズちゃんはこんな若さで、仲間も見付けられずに死んでしまったってね。 でも、驚く事に、シズちゃんの死をそれぞれ悲しんだ翌朝、また元気よくマイルに起こされて。 また、「今日は卒業式」だなんて言われて。 デジャヴュかよとか悪態をつきながらシズちゃんがまた死んだ事に思い馳せていたら、そう。 またタイムスリップしたんだって気付いたんだ。 そんな事、まだ俺は知らない。 1回のタイムスリップに未だ頭を整理しきれていない、これから懐かしいブレザー姿のシズちゃんに出会う俺は、こんな絶望が待っている事は知らない。 知らないからこそ、光を期待した。 俺がシズちゃんの死期を遠ざけられるかも、なんて光を。 螺旋の息吹 (結局何もかわらないのに)  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ちょっとまどマギに感化されまして。 ループ以外掠りもしてませんが…! |