居間に戻ると、 『あ、』 「よぉ…おはようさん、遼!!」 『もっもとちかぁああぁあああぁあ!!』 …というのがいつもの流れなのだが今日はそうはいかず、 『…おはようございます、元親様』 真田さんの言い付けを守るしかなかった。 だって…逆らったら怖いし、あの人何するかわからない。うわ、想像しただけで身震いするわ。 「なっ、何だぁ!?どっかに頭ぶっけたりしたのか?」 え、ちょ、これ本気の心配の仕方。 そんなにダメか、私が様付けてたり敬語だとおかしいのか。 『…違いますよーだ』 「何か悩み事でもあるのか?どこか痛いのか?熱は…っよし、ないな!」 『え、ちょっ…本当に酷い!!』 普段だったらこの優しさが好きでたまらないのだが、今はすっごくイラっとする。 『大丈夫ですって!!今は真田さんの恩返し中なんです!』 まだ私の身体のどこか悪い箇所がないかと、必死に触りながら探している元親の手を引き剥がしながらそう言う。 「…なんつーか、真田さんってそんな性格だったのか」 『…私だって違うことを祈ってましたよ』 私と元親は真田さんだけは、常識人だと思っていたからとっても、それはとってもがっかりしていたのだった。 「何を朝から辛気臭い顔を曝しているのだ…悪めが」 『え、ちょっ、かなり酷い言い様ですよ長政さま』 私たちが余程がっかりしていたのか、寝起きの長政さまが暴言ともとれる台詞を吐いてきた。 「貴様らが朝から鬱陶しいのが悪いのだ」 『何か少し元就入ってませんか』 「確かに…取り憑かれたのか?」 「輝斬・十文…」 『すいませんでしたぁああぁあああっ!!お願いですから…っ技の使用だけはお控え願いたい!』 長政さまは元就が気に入らなかったのか、輝斬・十文字を発動しようとする。 …というかこれって長政さまの持ってる技の中でトップクラスの威力なんだよね? え、ちょ、容赦なっ…!!!! 私は元親の頭を掴んで一緒に謝る様に促す。 「…まぁ良い」 ――あれ、今日は長政さまの様子がおかしいぞ? 頭をがしがしと掻いて、一言だけそう呟くと長政さまは静かになってしまった。 『…あのー長政さま、どうかしたんですか?』 「……………」 すると、私の問いには答えず居間から出ていってしまった。 『…………』 私が心配で――――というか、いつもの長政さまからは想像も出来ないほど様子がおかしくて、出ていった長政さまの背中を見ながら呆然としていた。 「…まぁ、男には言えねぇこともあんだよ」 元親は気にすんな、と言ってくれるけど…私は何かひっかかっていた。 その後元親は眠気を覚ますためにと、朝風呂に行ってしまった。 それと入れ違いに――― 「おはようございます!遼どのぉお!!」 さっぱりした顔の幸村が現れた。 『おはようございます。もう鍛練は終わったんですか?』 「あぁ、ちょうど風呂で汗を流してきたところだ!!」 確かに髪の毛濡れてるし、何かほくほくしてる。 あ、でも湯気はいつも…かな? 『ほら、髪の毛を乾かさないと風邪をひいてしまいますよ』 幸村からタオルを奪い取ると、座るように促して頭を拭いてあげる。 「…遼、俺は一つ気にかかっているのだが」 『何ですかー、幸村様』 軽く返すと動かしていた手を掴まれる。 『え、ちょ』 「…何故、そのように他人行儀なのでござるか」 『あー…それはね、』 真田さんがーと続けようとしたのだが、幸村がふるふると震えている。よく顔を見てみると、目には涙を浮かべていた。 「何故…なのですか…」 『えっ、え…?』 すると、幸村は私に泣きついてきた。普段の幸村なら絶対こんなことをしないから、私はとっても動揺した。 泣き村だ…!! 『あ、あのですね、真田さんの恩返しでこういう状況なんですが―――』 私が幸村を宥めながら説明すると 「…真田が?」 幸村の声が低くなった。 そう思った途端、いきなり立ち上がる。 「行くぞ」 『え、ちょっとどこに――』 「良いから来い」 『…………へい』 そんな真っ黒いもの出されたら、頷くしかないよね。もう可愛かった泣き村からいつもの黒幸村に戻っちゃったのか…残念。 「何か…言ったか?」 『いっいいえー何も!!!!』 …今日は災難だ。 「失礼致す」 私が幸村に引きずられて着いた先はというと… 「どうかしましたか?幸村」 真田さんの部屋だった。 (え、ええぇえぇぇえっ…!!!?ななっ何でこんなカオスな状況に!!!!!!!!) 黒真田幸村(あ、合わさっちゃった)は本当に怖い。 無理無理無理無理!! 何起こるか分かんないし…! 流血沙汰は困るねっ、あぁそういうときは佐助に犠せ…げふんげふん、間に入ってもらえば良いんだよね! 「真田、遼に変な命を下したというのは本当か?」 「変…あぁ、恩返しの事ですね。それなら真実ですが?」 幸村はかなり怒っていて、真田さんは笑っているけど目が笑っていない。 え、何これ超逃げたい。 双方が纏っている黒い何かがぶつかりあっている。あれに触ったら…うん、死ぬ。 「あまり変な事を遼に吹き込まないでくれぬか…?腹立たしい…」 「おや、恩返しなのですから遼さんに決定権は無いですし、幸村に指図される言われもありませんが?」 …うっわ、2人共言ってること滅茶苦茶じゃんかよ。私の事何だと思っとるんだ?え? もう半眼状態で、口も開いてる自分の顔なんかも気にならないぐらい、嫌な気分だった。 ―――すると、 「…どうやら、話し合いで分かる様ではあらぬな」 「ふふ…珍しく意見が合うようですね?」 2人は立ち上がって、どこから取り出したのか愛用している槍を構えた。 『ちょ、ちょっと待って下さい!!』 「止めるな遼。これは俺と真田の勝負だ」 『いやいやいや!!止めるなとか言われてもそれ以前の問題でして、そのまま戦ったら家壊れるし怪我するし、危ないんですって!』 今にも真田さんに突っ込んで生きそうな幸村を引き止めて言うが、何故かは分からないけど恩返しの事が相当頭にきているらしい。 「遼さん、男同士の戦いに口を突っ込むのはなりません。立会人として見ていて下さい」 『っっ…だーかーらっ!!』 理屈ってもんが通じないんでしょうかね。バカなの?お2人共武将なのに頭使えないの? 「何か…言ったか?」 「何か、言いましたか?」 『ひぃっ!!何でもありません!!』 何で悪口だけ心読めるの!? 意味が分からないよ私は!!!! 涙目になりながら必死に謝る。 2人はまだ懲りてないらしく、武器を構える。 『ちょ―――』 「はーい、そこまで」 私が止めに入ろうとした瞬間、誰かの声によってそれは遮られる。 「…もう、大好きなご飯の時間だってのに何時まで経っても来ないと思ったら…」 『さ、佐助様!』 思いもよらない救いの手によって空気が一転する。 「大丈夫だった?遼ちゃん」 『…まぁケガはないですけど』 精神的に疲れましたと言うと、佐助はごめんねと申し訳なさそうに謝ってくる。今さっき来たばっかりなのに顔は疲れ切った表情だった。 「佐助ぇ!何故それを早く言わぬのだ!!」 「いや、旦那がそんな事してるからでしょ」 「そんなことより早く居間へ行かねば…!!」 政宗どのと長曾我部どのに取られてしまう!!と言いながら部屋から出ていってしまった。 「えーと、真田さんも早く行かなきゃなくなるぜ?」 「…では、佐助の言葉に従いましょう」 終始笑顔を絶やさずそう言って、出ていった。 「…もしかして、遼ちゃんの様子がおかしいのって?」 『…真田さんのせいなんです』 恩返しに至るまでの経緯を話すと 「え、ちょっと待って。まさか真田さんも…」 『あ、黒い何かがありますよ』 「えぇ…」 佐助の表情は言葉で表現できる様なレベルのものじゃなかった。 『…そういえば佐助様ってあの2人と同じ部屋じゃ――』 「うわ、やば。俺様今夜死んだわー」 ははははーと渇いた笑い声をあげるしかない佐助だった。 因みに私の恩返しは、きっちりかっちり1日中やらされる羽目になった。 (佐助超逃げてぇええええ) |