長い長い坂を登って着いたのは、私が所有していた畑。昔は草が生い茂って荒れ果てていたけど、今は小十郎さんの手によって素晴らしい畑へと変わっていた。 『うわぁ…!!凄いですね…!!!!』 思わず感嘆の声が漏れた。 「あんな畑でも少し手を加えてやるだけでこんなにも変わるんだぜ?」 「手入れぐらいしっかりしろよ」と説教染みた事を言われて『…はい』と言うしかなかった。 ごっごめんなさい… 『これ…何が採れるんですか?』 「ん?あぁ、牛蒡に葱、それに──」 人参、大根…等々沢山の野菜の名があがって言った。 …こんなに育てるの? 小十郎さんの好きなように使って良いとは言ったが、まさかこんなに育てているとは思わなかった。 『これって毎朝手入れしているんですか?』 「あぁ、別になれてるしな」 私にとって物凄く大変な事を、サラッと言い流してしまう小十郎さんがかっこ良かった。 暫く横顔に見とれてしまう。 「…ん?俺の顔になんかついてるか?」 私の視線に気づいて、小十郎さんが聞いてくる。 『なっなななな何でもないです…!すみません…』 私が謝ると困ったように笑って「謝るんじゃねぇよ」と言ってくれた。 「…良いところだな、ここは」 『え?』 呟くように言った小十郎さんの声が聞こえなくて、思わず聞き返していた。 「いや、なんでもねぇ」 笑いながら私の頭をぽんぽんと優しく叩きながら言った。 「…っと、そろそろ手入れの時間だな」 『あ!何か手伝えることはありませんか?』 そうだな…と顎に手を当てて考えた後、水やりをしてくれと頼まれた。 私がじょうろに水を汲もうとすると、そんなんじゃ陽が暮れちまうと言って私に長いホースを渡してきた。 『えっ…と?』 どうしてホースを渡されるのか分からずに、小十郎さんの顔とホースを何度も交互に見ると、 「ここをこう持って、思いっきり水を出せば─」 その途端、一気に水が広がった。 その水は夏の乾いた大地を少しずつ潤していく。 『うわぁ…頭良いですね!!小十郎さん!!』 「まぁ、手間をなくすためにも少しは考えなきゃな」 平然と答える小十郎さん。 それって…遠回しに私のことバカって言ってません? そんな疑いの目を投げかけると、意地悪そうに笑った。 『…小十郎さん!?』 「さて、使い方も教えたし…しっかりやれよ?」 小十郎さんは水の出ているホースを私に手渡して去ろうとする。 『っとと…ってうわぁ!?』 「どうした!?」 小十郎さんの渡したホースは、思いの外勢いが強くて…非力な私の手から落ちていった。 『きゃあっっ!!!!!?』 支えを無くしたホースは私の元で暴れ始めた。 「って…おい!?大丈夫か?」 小十郎さんは、蛇口をひねり、水をとめてから私の元へと駆け寄ってきてくれた。 『なっ…なんとか大、丈夫です』 あははは…と苦笑いで答えた。 私の体は泥と水でぐちゃぐちゃになっていた。 …そんなことよりも、 『すっ…すすすすっすいません!畑がっ…!!!!』 私が注意散漫だったせいで、周囲の畑は大変なことになっていた。 『う、あぁあ…!!すっすいません本当に…っ!直ぐに直しま…ぶえっくしゅん!!』 私は水で濡れた体も、泥だらけの顔も気にせずに畑を直そうとする。 私が手を伸ばすと、違う手によって止められる。 『…小十郎さん?』 小十郎さんは私を見下ろしたまま、無言で睨み付けてくる。 ああぁぁああ…!やっぱり荒らしちゃった事…怒ってるよね…!? 私の額と背には、大量の嫌な汗が滲んでいた。 (やっややややばい…!) 私の体から血の気がサッとひいていく。 「おい、」 『っ…!!』 怒鳴られる、又は殴られると思った私は固く目を瞑った。 …でも想像していたのとは全く違う出来事に、私は驚く。 「…ったく、てめぇはホントに自分の事は考えねぇんだな」 『へ…?ってうおぁっ!!』 小十郎さんに腕を引っ張られたと思ったら、その勢いのまま横抱きにされた。 『こっ、小十郎さん!?濡れちゃいます!降ろしてくださ、』 ふわり、と私の体に上着がかけられた。 『あ、あの…?』 「さっきくしゃみしてただろうが…それにな、透けてんだよ」 …何が?と思い、首を傾げると顔を背けて言った。 「下着、とかだ…」 瞬間、顔に熱が集まるのが分かった。 『なっななっ…!!!?』 確かに、水に濡れたせいで体に服が張り付いていて気持ち悪かったのを思い出した。 『ごっごごごごごっごめんなさいっ!!』 咄嗟に謝った。 でも小十郎さんは何でもないように言った。 「とっとと帰るぞ。てめぇは直ぐ風呂に入れ」 有無を言わさぬような目で言われれば「はい…」と頷くしかなかった。 |