「土方さん・・・俺は諦めるつもりは有りやせんから」
「・・・俺の気持ちが変わる事も無ぇよ」
あんたは冷たいお人だ・・・。
こんなに可愛い部下が、もう何度も気持ちを伝えているのに…そのたびに顔色一つ変えないで突き放して行ってしまうんだ。
一度も振り返らないその背中に、心はずたぼろ。…あぁ、俺ってこんなに乙女思考だったかねィ。
「かっこ悪ぃ」
気持ちわ紛らわせるために腰に刺してある刀を引き抜き奴に斬りかかる。
「土方死ねぇー!!」
*捨てられないもの*
散々暴れまわって、ちょっと疲れて、今は近くの土手で会いマスクを装着したところだ。
「なかなか落ちないねィ…」
でも今日の振られ方はまだましだったなと思う。
なんせ“嫌いだ”って言われた事さえあるんだから…
それでも諦めない自分は、どこまで執念深いんだろう。
…まぁそれだけあいつに惚れちまってるんだけどね。
『てめぇなんか…』
「大嫌い…か…」
そこまで考えたところで俺は意識を手放した。
でもすぐに自分を呼ぶ声がした。
さしずめ、仕事をサボっている俺をあの人が連れ戻しに来たんだろう。
「総悟」
「……何でィ、もう来ちまったんですか」
あんな見事に振っておいて、よく普通に接してこられるなぁ。なんて少しだけ不思議な声が出た。
なのに土方さんと来たら、いつぶりに見たかもわからない柔らかな笑みを浮かべていたもんだから、つい言葉を失ってしまった。
「お前すげぇ気持ち良さそうだった…疲れてたのか?」
そう言いながらそっと頭を撫でられる。
もうこの段階で俺の心は満たされ始めていた。
「土方さん」
「なぁ総悟…俺も眠くなって来た」
「えっ」
土方さんの頭が俺の胸にもたれかかって来て、このいきなりの展開に頭が追い付かないなりにも、心を落ち着けて土方さんの背中に腕を回した。
顔にさらさらと土方さんの髪が触れて、くすぐったいんだけど、その文化すごく幸せだった。
「総悟ぉー!!!!」
「う〜ん…ぁっ、土方さん」
目を開けるとさっきまで腕の中に収まっていたはずの人物が瞳孔全開でこちらを睨んでいた。
「まったく、仕事舐めんじゃねぇ!」
「………」
「な、なんだよ…」
俺の腕は無意識に土方さんを包み込もうとしていた。
だけどそれは勢いよく叩き落とされた。
「痛ぇな、何すんでィ」
「寝惚けてんじゃねぇ!!」
そう言ってそそくさと歩き出す土方さん。
あぁあ…あれは所詮は夢か……
「幸せな夢だったなぁ」
その時、俺は一瞬だけど、思ってしまったんだ。
あの笑顔に会えるなら…
ー夢でも構わないー
それが原因かはわからないけど、それから眠るたびに彼は俺の夢の中に現れた。
そしていつしか俺は彼に会いたい気持ちで一杯になって、今まで以上に昼寝をするようになっていった。
だけどただ寝たんじゃすぐに現実世界の土方さんが起こしに来てしまうから、可愛い彼に会うために面倒臭いデスクワークもマッハの速さで仕上げて行った。
「土方さん、これ今日の分でさァ。…じゃ、俺は疲れたんで少し寝て来まさァ」
「おい、総悟」
「何ですか」
「何だ…その、たまには団子でも食べに行くか?」
「へ〜、珍しい事もあるもんですね」
こんな提案をされたらちょと前の俺なら大喜びでついて行っただろう。
でも……
ー…総悟…もうすぐ朝だな…
俺、お前が居てくれないと……
いや、仕方ないよな…。
『速く帰って来てくれよな』
そう言って寂しそうに微笑んだ彼が、俺を待っているんだ。
「けど俺眠たいんで失礼しやす」
「そっか……」
あんたは俺が居なくたって生きていけるけどあの人には俺が必要なんだ。
「総悟…お帰り」
ー愛してる……
-[捨てられないもの2]
たくさん走って、たくさん働いて、疲れて来たらすぐに夢の世界へ…彼の元へ行く。
今も素振りを何百回もこなして、爽やかな汗をかいたところだ。
「てめぇはいつからそんなまともな人間になったんだ?」
気付くと土方さんが後ろに立っていて、タオルを投げて寄越した。
「ありがとうございやす」
時々、こうやって土方さんと向かい合うと幻覚を見てしまう。でも、絶対に混同してはいけないこと、あの夢の中の彼と、今目の前にいる彼は別人なんだから。
そして土方さんの横をすり抜けようとした時、腕を捕まれた。
「何です?」
土方さんは振り向いてくれないから今どんな顔をしているかなんてわからないけど、発せられた声は、少々怒りを含んでいた。
「また寝るのかよ」
「元々今日は非番ですし、構いはしないでしょ?」
それじゃ、っと軽く腕を払い歩き出す。
すると今度は背中に衝撃を受けて、床に転がる。
「な、何しやがんでィ!!」
「ふざけんなよ…」
「は?、ふざけてんのはあんただろィ!」
俺は勢いのままに土方さんの胸ぐらを掴んで叫んだ。
でも、それに怯むような奴じゃない。
「俺も非番なんだぞ!!」
「……」
「それでも何も言う事は無ぇのかよ!!」
怒ってるけど、いつになく必死に訴えてくる土方さんの勢いに圧倒されてしまった。「土方さん…」
「俺はな…総悟」
一旦息をはいて、落ち着きを取り戻した土方さんが何か言葉を続ける。
でもその瞬間、今までに味わった事の無いほどの眠気が押し寄せて来た。
「総悟、…総悟!!」
俺は土方さんを巻き込んで床に倒れこむ。
そして次に目を開けた時、俺の目の前に土方さんが2人現れた。
1人は顔を真っ青にして金魚みたいに口をぱくつかせている。
「どう言う事なんでさァ」
その問い掛けに答えたのは、もう1人の土方さん。
「総悟がなかなか帰って来ねぇから、こっちから呼んだんだ」
「えっ、じゃああんたは」
夢の中の土方さん…
じゃあ、あっちは……
「お前だけを呼んだつもりだったんだけど…何故か彼も来ちゃったみたいだな…」
「…総悟…、あれ…俺だよな?」
現実世界の土方さん。
「ええ、あれはあんたですぜ」
その俺の言葉に、夢の世界の彼が付け足しをした。
「正しくは、“君の心”」
「俺の…心」
その言葉には土方さんだけじゃなく、俺自身も驚いてしまった。
「どういう事だ!」
「それは君が一番よくわかってるだろ?」
「俺が一番…」
そう土方さんが呟くと、彼が土方さんに抱きついた。
ん?…抱きついたぁ?
「えっ…ぇえぇぇえ!!?」
ー俺…、土方さんの事が好きです
ー諦められやせん
ー俺、あんたを落としてみせやす
「 俺の気持ちは変わらない 」
「 しつけぇーんだよ! 」
“大嫌いなんだよ、てめぇなんか!!”
.[捨てられないもの3]
土方さんの頬に涙が流れていく。
「……何やってんでィ!!」
俺は気付くと2人を引き離していた。
よくわからないけど、あのプライドの高い土方さんが泣くほどの何かがあったのかと思うと許せなかった。
「酷ぇな総悟…俺の事…嫌いになったのか…」
ーすごく気持ちよさそうだった…
ーまた、すぐ帰って来てくれるよな
ー総悟
『 愛してる 』
「……あんたは、土方さんじゃねぇ。土方さんって言うのはね…マヨラーで鬼で冷たくて……」
「俺の事が嫌いなんだよ」
そう…いつもいつも届かなくて
掴んだと思ってもすり抜けて行っちまうんだ。
こんな簡単に笑顔をくれるのは
こんな簡単に欲しい言葉をくれるのは……
「だから言っただろ?、俺は彼の心なんだって…だから土方さんじゃねぇとは言えないんだよ」
「…どう言う事でィ」
「まだわからないのかよ…だから」
「黙りやがれ!!」
俺たちの間を土方さんがふり下ろした刀がすり抜けて行く。
「…、でも大事な事なんだよ、これは」
はぁはぁ肩で息を吸う土方さんの元へ彼が近付いて行く。
「っ……」
「俺を追い出したのは君なんだから」
「ちょっ、いい加減、わかるように説明して下せぇよ」
「…でもこれを俺の口から言ったら、それで全ては元に戻らなくなってしまうんだ。俺を追い出した君が俺を受け入れてくれないと」
ぽんぽんっと肩を叩かれ、土方さんが俺の方を向いた。
「ムカついた…」
「は?」
「ムカついたんだよ…」
ーあんなにしつこく好きだの愛してるだの言って来てた奴が、ある日を境に最低限の事しか話しかけて来なくなって…
遊びに誘っても乗ってこなくて…
「い、嫌だったんだよ…その」
「 総悟がいなくなるのが 」
「土方さん…」
「てめぇ本当にしつけぇんだよ!!俺は何度も」
「心を捨てようとした」
「「……」」
「捨てられた俺は行き場を無くした。…でも総悟に会いたくて…」俺は必死に状況を整理しようと頭をフル回転してた。
彼は土方さんの心で、土方さんは彼を捨てたかった。
捨てられた彼は俺に会いたいと言った…愛してると言った。
これって…
「まさか!!!」
俺は土方さんの肩を掴んで向き合った。
この段階で既に顔を真っ赤に染めている土方さんを見て、俺の予感は確信へと変わった。
「好きだよ…悪いか!!」
「はっ、悪くありやせんよ」
俺は嬉しくて嬉しくて…そっと唇を近づけて行く。
だがそれは途中で中断されてしまった。
「俺の存在忘れないでくれるか?」
そう言ってにっこり笑うと彼は再び土方さんに抱きついて、そのまま消えて行った。
残されたのはびっくり顔の土方さん。
「えっ、今体に入ったのか?…えっええ!!?」
その百面相が面白くて、俺もふっと頬が綻びて行く。
「あんたはあんたですよ」
そうして唇を重ねた。
すると控えめに背中に回される土方さんの腕。
それに応えるように俺も力一杯抱き締めた。
「ぐはっ…、バカ!!苦しいだろうがぁ!!」
「すいやせん。嬉しすぎて今なら殺せちゃいそうでさァ」
「離せぇぇぇぇぇ!!!」
ーねぇ土方さん…俺と付き合って下さい。
ーふんっ、こんな事しといて今さらそれは無ぇだろうが…
ー愛してるー