【青春、玄冬。】
突然。
そろり、と冷えた空気が肩を撫でた。
急激に下がる周りの温度。
ざわりと鳥肌の立つ肌を、堪らずにぎゅっと擦る。
すぐ傍にいるであろう男に、視線もくれず鼻を鳴らした。
あの人の隣は、いつも冷たく寒々しい。
「イイ加減、仕事しろ」
それは、思っていたよりも大分疲れた声で。
思わずする、と流れた視線は、呆気無く噛み合った。
冷たく凍る、黒い瞳。
ああ、そう言えば黒は冬を表す色だ、なんて。
濡れた眼球を見つめた後、男に見えぬよう顔を伏せて少し笑んだ。
「へいへい、」
す、と顎を引き上げて。
ぶん、とぞんざいに片手を振り上げる。
瞬間。
ぶわ、と暖かく濃密な花の香が舞い上がり。
すぐに、散った。
零れ出た温度によろめきながら、男はそれでも眉を寄せた。
「サボんな馬鹿、」
「馬鹿はアンタでィ、今ので南は開花しやしたぜ」
「マジでか、」
別に、サボッている訳では無い。
緩やかに、緩やかに。
仕事をこなしているだけで。
「……春が、来るのか」
「アンタ頭だけじゃなく目も悪くなっちまったンですかィ?ずーっと目の前にいやすけど」
「そーいう意味じゃねーよ!ばッ…大体!お前の方が頭悪ィだろーがッ!!」
あたたかな空気が酷く苦手なアンタ。
でも、花の香がとても好きなアンタ。
凍える程に冷たくて、黒くて白くて、ほんの僅かにあたたかいアンタ。
アンタは、知らない。
「春は綺麗、だよな」
「………」
冬がとても美しいこと。
キン、と張り詰めた空気の清浄感。
音を吸い込む雪。
静寂。
黒が映える、キラキラした世界。
ざわざわと喧しい春なんかより、アンタの方が俺は好きだってこと。
アンタは、知らない。
「…まだ、」
「ん、ああ…お前が『これでもか!』っつーくらいサボりまくってっからな、俺も仕事が山積みだ手伝え元凶」
「嫌でィ」
俺は、知らない。
アンタが俺の空のような瞳を見て、あの青は春の色だと思っていること。
俺を凍えさせる冷たい身体を憎らしく思っていて。
俺の為にも、早く消えてしまわなくてはいけないのに。
見ることなど、出来はしないのに。
いつか、俺が咲かせた満開の桜を、その散る様を見たいと思っていること。
「この辺の桜、まだ咲かねーのかよ」
「寒ィですからねィ」
「お前が頑張ればどーにでもなンだよコラ」
俺は、知らない。
知らないけれど。
「寒ィや、」
「…暑ィよ」
まだ、お互い一緒にいたいと思っていることくらいは。
ちゃんと解っていた。
「来年は、暖冬になりやすかねィ」
「さーな、」
「…小春日和になって、遊びに行きやす」
「……あっそ、」