じくじくと蝉が鳴いているのを耳に入れていたら何ともなしにそうだ、かき氷食べよう、と思った。
「あー…でもかき氷機なんてここにあんのか?」
今は同居人である弟が居ないのでただの独り言を呟きながらこの古びた寮の台所を漁ると、いくらかある棚の中からは食器やら調理器具やらが沢山見つかった。それらの大半は埃まみれで煤けて、相当の間漂白剤にでも漬け込まないと使えないだろうなあとぼんやり考える。ただせっかく見つけたのだからもったいない、あとで使えるようにテーブルの上へ重ねておいた。
変な掘り出し物をしたせいでやけに空気が埃っぽい。肝心のかき氷機はやはり見つからなかったし散々だとも思ったが、まあ弟にどさりと渡されたあの課題の山をこなすよりかは遥かにましだろう。
「ふんふんふーん」
この前志摩に聞いて覚えたばかりの流行っているらしい曲を口ずさみながら先程の食器を軽く布で拭っていく。果たしてそれだけでは綺麗にならなかったのだけれど、食器を磨くという行為自体が楽しいのだから良いだろう。片付けは嫌いだが食器が綺麗になるのは気分が良い。弁当箱がからっぽになって帰ってくるのと同じような清々しさを覚えるのだ。俺はすっかり当初の目的を忘れて食器磨きに専念した。
一段落着いた頃には高かった日も少しばかり傾いていて、そんなに時間をかけていただろうかと怪訝に思う。自分が思った以上に皿磨きを楽しんでいたのだということに少しばかり驚いたけれど嫌な気はしなかった。俺って実は結構キレイ好きなんじゃね、なんて考えたが勉強机の惨状を見てしまってはちょっと考えを改めざるを得ない。唇を尖らせて拗ねている体を作ってみるけれど、まあ誰が見ている訳でもなかったのですぐ飽きて食器を漂白剤に漬け込んだ。
「あれ、何やってるの兄さん」
出かけていた雪男が帰ってきたようだ。出がけ先は知らないけれどどうせまた任務やら何かなのだろうと思うので追求はしない。
「おー。ちょっとな」
「うわ、すごい量の食器だね。どうしたの?」
「そこの棚ん中から発掘したんだ」
「棚の中って…。どうしてそんなところ掘り返したの」
ぐだぐた会話を続けながら食器を漬け込んでいく。これが終わればあとはしばらく放っておけば良いのだからあと少しだ。
「あー、かき氷食いたくなってよ。かき氷機探してたんだけどな…さすがになかったわ」
「え、かき氷?」
「どうした?」
珍しく食い物のことで話しを止めた雪男の顔を見ると苦笑いして右手に持ったビニール袋を掲げた。
「これ、かき氷。外出るついでにコンビニで買ってきたんだ」
「マジでか!」
「あはは、似てない双子だけど変なところは以心伝心してるみたいだね…」
少しばかり複雑そうな顔をしている雪男を軽くどついて、ありがたくかき氷を頂戴する。さっき発掘した中でも割合きれいだったスプーンを二つ持ってきて一つを雪男に渡した。
「……へえ、このスプーン結構綺麗だね」
「だろ?」
それは少し手のこんだ意匠がなされた銀のスプーンだった。発掘したときには煤けてお世辞にもきれいとは言えなかったが、きちんと拭ったらずいぶんきれいになった。雪男が感心するくらいだからきっとかなりのものなのだろう。ちょっとばかり自慢げに鼻を鳴らせば「兄さんが作った訳じゃないでしょ」なんて可愛くないことを言われた。
しゃくしゃくとかき氷の表面を削ってシロップのかかった部分と混ぜていく。雪男はレモン味で俺はイチゴ味だった。この実際の果物の味なんてさっぱりしないシロップも魅力的なんだよなあと一気にすくって口にすれば頭にきぃんと響く感覚。
「あぁああ、これだよこれ!かき氷食ってるって感じ!」
「…え、何。そのためにわざわざ一度に食べるの」
雪男はちょっと呆れた風に見ていたけれどそんなのは無視する。兄ちゃんはお前を人の好みにどうこう言う男に育てた覚えはねーぞ、なんて頭の中で文句を言う。もちろん口にしたら氷点下の目でねめつけられるから言わない。
しゃくしゃく削るかき氷の音に蝉の鳴き声にうっすら漂白剤のにおいが混じってよくわからないが静かな空間を作り出していた。音がないわけでなくて、むしろ蝉がうるさいくらいなのにそれは表現するなら静かというのがしっくりくる。雪男のレモン味かき氷を横から狙いながら、これが食べ終わる頃には食器もきれいになっているだろうと思った。