ぐい、と髪を掴んで引っ張り上げられる。何本かぶちぶちと抜けたような気がしたけれど他の痛みのほうが頭についてそれは大した痛みにはならなかった。掴み上げられた頭をそのまま勢いよく床にたたき付けられてぐわんぐわんと脳が揺れる。ひゅっ、呼吸したはずが笛のような音が鳴った。がん、がん、頭を何度も床にたたき付けられた後すり潰すようになすりつけられたせいで皮膚は薄くめくれる。頭はとっくのとうに割れて血がだくだく溢れ出していた。床に血がじんわりにじんでいるけれどきっとこれを掃除するのは俺なんだろうなあとぼんやりどうでもいいことを考えているところにもう一撃くらう。喉に何か絡んだのを吐き出せば血だった。
荒い息づかいだけが聞こえる。そりゃあこんだけ感情のまま暴力をふるっていれば疲れもするだろうと冷めたことを考えた。

「ゆきお、」

思ったよりも死にそうな声がでてきたことに内心笑う。弟は名前を口に出された途端また俺の頭を床にたたき付けた。最近のキレやすい若者、なんて言葉が頭を過ぎる。はあ、世の高校生とはやたら離れた存在だと思っていた弟もこうしてその一員なのだなあと感心しているとちょっと洒落にならない量の血が口から吐き出された。普通の人間なら死ねるだろう域ではなかなか死ねない回復力を持ってしまった俺はまだこの苦痛な作業に付き合わなければならなかった。弟が悩んでいたらそれに付き合うのも兄の仕事だろう、なんてちょっと気違いじみた思考をしつつ死にそうに酸素を取り込んだ。
弟はベルトにとめてあったナイフを取り出してそれをうつぶせに倒れ込んでいる俺の背中へ突き立てた。途端激しい痛みが背中中心に全身へとのたうちまわり身体がびくんびくんと痙攣する。悲鳴は出ない。そんな体力もない。刺さったナイフをぐり、とえぐるように回されてうめき声をあげることしかできなかった。熱い。感覚が鈍ってる。ぐちぐちとそういう音がなるのはなんだか情事を思い出させたけれど、もちろんそんな甘い雰囲気であるはずもなくどちらかと言えば殺伐とした空気だ。吐き気がする。痛みは吐き気へと変換され、えぐられる度に胃の中の内容物が逆流しそうになった。ただ、今嘔吐でもしたならば喉に詰まって呼吸困難になるであろうことがありありと想像できたので我慢する。
ナイフは何度も上下して俺の肉をえぐった。その度身体が痙攣して、ああまずいなあと頭の端でちょっと考えた。俺の中の冷静な部分はいつだって俺と弟を嘲り笑っている。シニシズムな体があるソイツは基本的に鼻で笑って俺らを侮辱しているが一体どうなのだろう。そんなどうでもいいことを考えて時間と痛覚を潰しているとからん、乾いた音が響いて、ナイフを床に捨てた音だろうなあと推測すると件のナイフが目に入った。もちろん視界に入ったという意味で。たまに言葉通りの意味のときがあったりするから一応言っておいた。そのときはさすがに二、三日は動けなかったなあと思い返す。全く、手加減もクソもねえの。まあ八つ当たりだから仕方ないかとは思うけれど。
ナイフに飽きたなら今度はなんだ、銃でも出すか。ぼんやり考えていると予想は外れ、また髪を引っ張り上げられて顔を上に向けさせられた。目が合ったその顔には表情の一切が浮かばない。せっかくの男前が台なしじゃねぇの、なんて思ったけれど男前は無表情でも男前でいらついた。そんな馬鹿らしいことを考えていると脈絡もなくいきなり口付けられる。あ、やば。こういうときの弟がよくやらかすことに直ぐさま思い至り唇を閉じたけれど抵抗虚しく割り入ってきて、そのまま舌を引きずりだされた挙げ句勢いよく噛みちぎられた。ぶちぃ、えぐい音がなる。その音がどうも嫌で毎回それだけは死守しようとしているのだがうまくいった試しはない。舌が無い口内はなんだかすかすかして気持ちが悪い上に血が断面から溢れて唾液と一緒にいくらか飲んでしまったときには死にたくなる、このくらいじゃ死ねないけど。痛みばかりが先立つ生に嫌気はさしているがそれでも仕方ないなあと思えてしまうのは弟のせいでもありそして俺自身がすでに気違いの質であるせいなのかと考えた。痛いものは痛いのだ。おかしくならずにどうしろと。
弟は勢いよくちぎった舌を吐き捨てた。べちゃっ、汚い音がなる。その様がまるで汚い何かを捨てるように見えて全く他人の舌をなんだと思っているんだと憤慨する。弟の口端からきっと俺のであろう血が一筋伝い、吸血鬼みたいだなあなんて馬鹿げたことを思った。
悪魔の俺より悪魔的な弟。それがただの八つ当たりでストレス発散なことを知っていて付き合ってやる俺は良い兄貴だろう?と誰にともなく言い訳をしてみるとまた殴られた。世の中は理不尽で出来ている。





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