もう海の時期は過ぎていて秋が近づいているせいか少し肌寒かった。もうそろそろ半袖のシャツも衣更えするべきなのかもしれない。この時期になって海に来る物好きは俺達以外にいないようで、おかげで好き勝手に遊べた。
「志摩あっ、冷たくて気持ちーぞ!」
「そら、良かったわあ」
子供みたいにはしゃぐ奥村くんを見ていると自然に笑いが込み上げてくるけれど、彼が理由を知ればきっと怒るだろうからばれないようにこっそり笑う。
「志摩、クラゲ!クラゲいた!」
「まあ、この時期やったらおるんとちゃいますの」
「クラゲって食えるのかな…」
何やら不穏なことを口走っていたのに苦笑いで返す。奥村くんはパッと花が咲くみたいに笑った。
「持って帰る?」
「いやいや、無理でしょう」
「バケツに入れればなんとか…」
「電車にクラゲ入りのバケツはちょおマズイような気ぃが…」
「ちぇーっ、つまんねぇの」
ぶう、と頬を膨らましてクラゲを海に返した。波はあっという間にクラゲをさらってゆき、五つもまばたきをすれば見る影もない。
潮風で髪が頬にはりついている。夕日のせいで水面がきらきら光ってやけに眩しくて、ちょっとばかり腹にずしりとくるものがあった。夏の終わりによくあるアレだ。名前は知らないけれど、毎年こうして律儀にやってくる。奥村くんもそうなのだろうか、クラゲの後を目線で追ってぼんやり海を眺めていた。
「志摩」
目は遠くを見たままに声をかけられる。波の音と彼の声しか聞こえなくてまるで世界に俺と彼しか存在しないかのような錯覚に陥った。なんて、それはちょっとロマンチシズムに過ぎるかもしれない。
「世界に俺達しかいないみたいだな」
どきりとした。考えていたことがばれたのかと思ったがどうやらそうではなさそうだ。読めない目で俺を見つめる奥村くんはああ確かにロマンチストなのかもしれない、俺も大概だけれど。
「…何、告白みたいやねえ」
少し照れくさくて茶化した。顔が赤くなっているかもしれないがきっと夕日がごまかしているだろう。それに甘えきってへらりと上っ面に笑みをはりつけた。
奥村くんは表情を崩さずに動かないままで、風がゆらゆらと彼の髪をゆらす。読めない目は深い深い青色をしているせいか深海のように見えた。
「…ばれた?」
小さく苦笑いをしてつぶやかれた。波が一際音をたてたせいで掻き消されそうだったそれを拾って、けれど理解するのに時間がかかった。彼は苦笑いの上に顔を真っ赤にしてうつむいている。急激に恥ずかしさが込み上げてきて、喉元からカッと血が上ってきた。
「はっ…恥ずかしいやないですの…そないなこと」
「俺も…言わなきゃよかった……」
二人して真っ赤な顔を手で覆い隠す。さすがの夕日でもごまかせそうにないほど赤かった。
「か、帰りましょか…」
「そ、そうだな…」
お互いの顔は見ないようにそっぽを向いて海から上がる。ただ、離れないように手だけはきっちり繋いで。海に入っていたのだから冷たくなっていても良いはずなのに奥村くんの手はびっくりするくらい熱い。それは自分も同じなのだろうと思うとまた恥ずかしくなって咳ばらいをひとつした。