冷たくなった湯舟の中に突き倒されて思いっきり鼻に水が入った。咳込んでいるところを見下ろされているのは決して気分が良いものではないけれど、あの温かい眼差しがこうして冷たい温度を孕んでいることにぞくぞくした。

「雪男」

兄はにこりと笑って僕の髪を掴み、そのまま水の中に顔を突っ込んだ。当然僕は息ができなくて、酸素は泡となってぶくぶくこぼれていく。あ、まずい。意識がフッとなくなりかけた瞬間掴まれたままだった髪を引っ張りあげられる。
急激に入り込んできた酸素に咳込んでいると兄に唇をふさがれた。荒い口づけのせいでうまく酸素が取り込めないままクラクラと境界線をさ迷う。兄はあまりキスがうまくない。うまくないくせにしょっちゅうしたがる。点滅する視界の端にちらりと青が見えた。
唇がゆっくり離れて、ようやく解放されたかと思えばまた髪を引っ張りあげられた。兄の顔が目の前にある。

「雪男、雪男はいい子だから風呂につかって百までかぞえられるよな」
「にいさん、」
「返事は」
「…はい」
「いい子だな」

僕の前髪をかきあげて額に優しくキスをする。兄はキスがうまくない、けれどキスをする兄はとても綺麗で好きだった。
冷たい目で優しく笑って僕の頭を掴み、水の中へ押し込んだ。
ふう、言い付けを守って百まで数えようか。
一、
二、
三、
四、
五、
六、
七、
八、
九、
十。
ああまだまだか。
これだと百までは絶対にもたないだろうなあ。ぼんやり考えながら数え続ける。
十一、
十二、
十三、
十四、
十五……




意識が飛んだのはいくつまで数えたころだろうか。それすら覚えていなかった。怒られるだろうかと思ったけれど、兄は無言で僕の頭を拭いている。柔らかいタオルは兄が洗ったものだった。
優しい手つきで髪を拭く兄の顔はタオルに邪魔されて見えない。声をかけないまま手を伸ばして抱き着いたけれど、振り払われなかったからきっと怒ってはいないだろう。

「兄さん」
「どうした、雪男」

声をかけると返事が返ってきた。タオルの隙間から兄の口元が見える。

「何がしたかったの?」

唇がゆっくりと歪んだ。


「暇つぶし」





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