「ええと、俺やっぱ女の子好きやし…男と付き合うんは無理や。ごめんな、奥村くん」

適当に笑って返すと彼は予想していたようで「…そうだよな、ごめん」なんて苦笑いした。案外あっさりとしているなあとぼんやり思う。大抵の人はふられたらもう少しどうにか食い下がってみたり泣いていみたりするものだと思っていたのだけれど。まあ楽なのに越したことはない。

「じゃあ、これで」

最後に声をかけて立ち去ろうとするとひゅうっ、何かを勢いよく吸い込む音がして、ふと振り返ると彼が苦しそうにしゃがみこんでいた。泣いてでもいるのだろうか、初めは眺めていたのだけれどよくよく見ているとそうでないことに気がつく。明らかに様子がおかしい。

「奥村くんっ」

急いで駆け寄って彼の背に手をあてる。喉からはひゅうひゅう細い音が鳴っていて顔は真っ青だ。汗も相当な量が流れていた。

「ど、どないしたん!?」
「…っ、…か、ひっ…」
「ああ何て言うとんのっ?」

苦しそうに呟く彼の声を必死に拾い集めてなんとか言葉にしようとするがどうもうまくいかない。俺が一人で勝手に焦っていると鞄を指差しているのが目に入ってそれだけは、と引っつかみ彼の元へ運んだ。

「奥村くん!鞄、持ってきたで!」
「……ひっ…、ふく…ろっ…なか、ふ…」
「袋!?袋かっ?」

首が小さく縦に動いた。他人の鞄を勝手に漁るのは気が引けたけれどそんなことを言っている場合ではない。手を突っ込んでがさがさ探ると薄茶色の紙袋が見つかった。

「これか!?」

彼は苦しそうに頷いてそれをひろげた後口に当てた。俺は背中をさすってやることしかできずにただただ様子を見守る。紙袋が呼吸にあわせて縮まって膨らんで、それが何回か続くと段々彼の顔色も良くなってきた。紙袋を口から離したときにはもうほとんど普段の様子に戻っていてホッと胸を撫で下ろす。

「よ、良かったあ…ほんに驚いたわ…」
「ごめん、志摩」

苦笑いして謝ってくる彼に「奥村くんはなんも悪くないやろ」と言ってやると安心したように息をついた。

「俺、精神的に辛かったりショックなことがあったりするとよく過呼吸になっちまうんだ。だから鞄の中に緊急用の紙袋が入ってんの」

ほら、と見せてきた鞄の中には俺が探し出した他にもいくつかの紙袋が入っている。こんなにも紙袋を入れておくくらい過呼吸になるのかと思うと彼が心配になった。
あれ。何かが引っかかった。精神的に辛いことやショックなことがあると過呼吸になる?なら今回は?今回の過呼吸の原因は?そこまで考えて汗がドッと溢れ出す。
…俺、やん。俺が奥村くんふったからやん。
普通に見えたのも取り繕っていたからなのだろうか。そうだ、彼は優しい人だった。俺を困らせたくないと普段通りに見えるようにしたのだろう。
汗が止まらない。奥村くんは急に黙り込んだ俺を見て心配そうに「志摩どうした?大丈夫か?」と聞いてくる。その気遣いすらもぐさりと刺さって俺を責め立てた。もしこれからも彼が俺にふられたことを思い出して過呼吸になんてなったら洒落にならない。
俺は勝手に一人で頭を抱えてうんうん唸る。そしてパッとおかしな考えが頭を過ぎりそのままそれがおかしいと気づく前に口にだしてしまった。

「奥村くん、やっぱ付き合おう」
「え」
「せやから、付き合おう」
「え、あ……お、おう。お願い、します…?」

ぽぽぽっと火が灯るように赤くなった彼をみて俺は満足げに頷く。
よし、これでええやろ。万事解決、丸くおさまった。
その時点で後ほどまた頭を抱えるハメになるのだと気づけなかったのだから俺の頭の中には本当に何にも入っていないのかもしれない。端的に言うと馬鹿なのかもしれない。
にこ、奥村くんは小さく笑っていた。





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