「あ、雪男おかえり」

部屋に入るとへらっと笑って出迎えた兄は一見いつも通りのようだけれどそんなの何年も一緒に暮らしている僕にとっては無意味だった。元々感情を偽るのは苦手だったみたいだし大して上手くもいっていない笑顔を見て眉をひそめる。それにしりごみしたのか兄は僕に話しかけるのをぱたりとやめた。ボロが出ないようにと黙るのはいくらか兄にしてはマシな考えなんじゃないかとは思うけれど、結局考えが足りないのだ。僕はじり、と兄ににじり寄る。びくり。ちょっと可哀相なくらい震えたのを見て全くどうなんだかなんて思った。

「兄さん無理してるでしょ」
「なんのことだよ」

そういうことだよ。
虚勢を張っているようにしか見えない。あからさまな兄は馬鹿らしいけれど可愛らしくて、周りに拒否されても折れないように虚勢だけは張るのだからなんて、そう、いじらしいのだろう。

「兄さん。泣きたいなら泣きなよ」
「…意味わかんねぇ」

口ではそんなことを言っても表情はもうほとんど偽れていなかった。ぐじ、と顔が歪んで今にも泣き出しそうだったからなんだかおかしい。ほら、さっさと泣けば良い。僕が慰めてあげるから。邪心も何もなくそう思う。僕はただ、少しくらい兄に頼ってほしいのだった。
それでも最後の琴線で堪えているようで、もう面倒になって兄の腕を引いて抱き寄せた。

「ゆ、雪男?」

わたわた腕の中で暴れていた兄だけれど強く腕に力を込めると大人しくなった。じきにすん、と鼻をすする音がしてきてああようやく泣いたのか兄はなんて安心してしまう。ず、ずび。濁った音が部屋に響く。昔と比べるとずいぶん静かに泣くようになったのはやっぱり成長したからなのだろうか。それとも何か、堪えなくてはいけないものが増えたからなのか。僕には兄の気持ちなんてほとんど理解できなかったけれど、ほんの少しでも兄が楽になれるように重いそれをいくらかつまみ上げてやりたかったのだ。僕だって大したことはできやしない。でもたった二人の家族だから、なんてちょっと格好つけたようなことを思った。

「…ちょっと、駄目だなって思った」

何が、なんて聞かなくてもわかる。拒絶されることや怪訝な目を向けられることに堪えられなかったのだろう。僕は何かを口にすることはなく、ただ兄の背中を撫でた。深く息をする度に上下するそれ。
悔しいけれど兄には僕だけでは駄目なのだ。誰か、僕ら以外の誰かと接することがなければ駄目になってしまう。だから僕は何も言えなかった。大丈夫と言える保障もなかったし、それ以前に他人と仲良くする兄の背中を素直に押せなかった。こんな中途半端な慰めしかできないけれど、それでも傷ついた兄が来るのは僕の腕の中であってほしかったのだ。あまりにも利己的で自嘲する。兄は素直に泣いていて、ああそういうのは全部兄にいっていまったのだろうなと考えた。

「兄さんはさ、そのままで良いんだよ」
「…でも」
「そのままの兄さんなら、多分」

大丈夫。そこまで言えなかったけれど、きっと伝わっただろう。それでも兄はやっぱりぐじぐじ鼻をすすっていた。

「…わかった」
「そう」
「でも、まだとまんねぇから、もうちょっとこのままな」
「…良いよ、たまには」

泣いているせいでほんの少し温かい兄の身体を抱きしめて、ちょっと笑ったのがばれていやしないかと思わず不安になってしまった。





−−−−−−−−−−−

・優月様へ
なんだか雪男ばかりの話になってしまいました…すみません。その上慰めているというよりは慰めたい雪男ですね。ご希望に沿えているか大分不安の残る出来です;
書き直しは喜んで受け付けさせていただきますのでどうぞ遠慮なさらずにお願いします…!
では、企画参加ありがとうございました!!
ざわ





「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -