なんかおかしい。まっすぐに立てない。朝起きて伸びをしてさあ動こうなんて立ち上がろうとすると足に力が入らなくてぺたんと床に手がついてしまう。おかしいなあとか思いながら足に力を入れてもなかなかうまくいかなくて立つだけで30分くらいかかった。立ち上がってからはふらふら壁に手をついて部屋を出る。朝食の準備をするためにだ。そうやって食堂に入ると急に身体が震え出してとまらなくなって汗がぶわっと出てくる。そのまま目がぐるぐるしてあ、俺今変だなんて頭では考えられるのに身体に信号がいかなくて震えたままひいひい息をしていると雪男が来て「大丈夫?」と声をかけてくるからちょっと気が紛れていくらかマシになった。大丈夫、って声を出そうとすると喉が引き攣ってしゃっくりみたいな音がした。笑顔を作ろうとしても顔の筋肉が痙攣して多分ひどい顔をしているんだろうなあとわかる。雪男はそんな俺を見て笑顔で「今日は朝ご飯いいよ、僕がやるから」なんて言ったあと俺の腕を引っ張って椅子に座らせた。俺は椅子に座ったままガタガタ面白いくらいに震えて部屋をぐるりと見回す。部屋っていうもの自体が怖いのはなぜだろう。閉鎖された空間で俺はなんでこうも震えているのだろうか。呼吸を確保するのだけで精一杯だった。
雪男が作ってくれたのは粥のようだった。俺の様子がおかしいから気遣ってくれたのだろう。それでも俺にはその気遣いに答えられる余裕がなくてただ引き攣った笑顔のようなものを浮かべるしかなかった。雪男はスプーンで一口分粥をすくって差し出してくる。食べる余裕なんてなかったけれどあまりにも笑顔で差し出してくるものだから口にしなくてはいけないように思えて、カチカチ歯を鳴らしながらそれを口に含んだ。
途端、覚えのあるえぐみが喉を刺して思わず吐き出してしまった。覚えのある?はずがない。それに触発されたのか胃がぐりぐり動いて中のものを全部捻り出した。酸っぱい胃酸の味といつか食べた食べ物の残骸とあのえぐみが口内を犯していく。ひどいにおいだ。気持ち悪い。食道がうねって身体はビクビク痙攣する。綺麗なテーブルは俺の吐いたもので汚れてしまった。ただでさえ呼吸が出来なかったのに吐瀉物が中途半端に喉を塞いで酸素が全く入ってこない。もしかして俺このまま死ぬんじゃないかなんて思っていると突然人差し指を口内に突っ込まれて奥の舌をぐいっと押された。それに反応して喉は詰まった吐瀉物を最後まで吐き出させる。急激に入ってきた酸素にくらくらしながら咳込むと指を突っ込んできた雪男は俺の背をさすりながらにこにこ笑った。

「お、まえ…なに、いれたっ…んだよ」
「内緒。でも薄々気がついてるよね」

毎晩たっぷり味わってるんだから。
ぐらりと視界が歪む。あれ、覚えがある味?どこで?なにを。予想は?どうせ気がついてい、るのかどうかはわからないわかりたくないけれど無理矢理に目の前をチカチカ流れるのは俺の意思ではどうしようもなくてそうだそうだ俺は忘れていた全部楽になりたくてわからないなんて嘘だ怖かった理由身体は覚えてる記憶も消えてない忘れたふりをしたかっただけだ逃げたい毎晩。毎晩のように弟に身体を暴かれて犯されて喉は叫びつづけたせいで焼けてしまって足が震えるのもそうだ。理由なんて一つしか思い当たらない。俺が死にたいくらい味わったそれ。いつまでたっても飲み込めないから痺れを切らした雪男は料理に入れたんだきっと。それなら飲めるかもね、って。でも結局吐き出してしまった。雪男は笑っている。

「兄さん」

びく、身体が硬直して一切動かなくなった。さっきまであんなに震えていたのに。相変わらずの表情で雪男はスプーンを手に取りまたそれの入った粥をすくった。

「いやだ、」
「わがまま言わないでよ兄さん」
「いや」
「……兄さん?」

笑っているのに口は笑みの形をとっているのに、目は全然笑っていない。ひゅっ、また呼吸が止まりそうだった。俺は動けないままだったから雪男はゆっくりスプーンを近づける。

「ね、兄さん。口開けて?」

恐ろしくて目の前にいる弟がどんな悪魔より恐ろしくて俺は素直にその言葉に従った。雪男は嬉しそうに俺の口内へとそれを流し込む。馴染まないえぐみがまた広がって、先程の胃酸の味と混ざりひどい味になった。けれど飲み込まないという選択肢が俺にはない。こわくて、ただこわくて生にしがみつくので精一杯だったから必死にそれを飲み下そうとする。喉は意思とは反対にうねってそれを吐き出させようとするから必死に手で口を塞いだ。頼むから、頼むから飲み込ませてくれ!宥めるように頼み込んで、もうなりふり構っていられないからどうにかして飲み込んだ。沸き上がる嘔吐感を意識の外に弾き出そうと努力するがあまりうまくいかない。深く息をすってなんとか落ち着こうとする。雪男はそんな俺の顎を掴んで無理矢理口を開けさせた。顎の骨が変な音をたてたけれどそれは気にもとめずにただ口内を眺めている。しばらくしてゆっくりと手を離したかと思うと俺の腕を引っ張り胸へ引き寄せた。力の抜けた俺の身体は簡単に雪男の腕の中へとおさまってしまう。

「よくできました」

優しくて甘ったるい声が耳に響いた。俺はそれに安心して力の入らない手で雪男のシャツを掴む。背中を優しくさする手は温かくて心地好い。呼吸がだんだん落ち着いて、苦しいのも少しずつなくなっていった。雪男はそれを見計らったように触れるだけのキスをする。今の俺はすごく汚いのに気にもしない雪男はすごく変だとぼんやり思う。場違いにちゅ、なんて音が響いた。

「兄さん、かわいい」

呆けた顔のどこがかわいいのかはさっぱりわからなかったけれど、抵抗する気力も勇気もなくてされるがまま顔中にキスをされていた。
疲れた、眠りたい。
まだ朝だというのに身体はみしみし悲鳴をあげている。早くキスするのに飽きてくれないかなあなんてただぼんやりぼんやり待っていた。





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