黒く濁った目で机に突っ伏していた。いつもの青くてきらきらした目はどこにも見当たらない。首だけはぐりんとこちらに向けて、頬が机にべたりと張り付いている。気味悪さが肌にざらざらした感触になって纏わりついた。

「志摩ぁ」

名前を呼ばれたから返事をしない訳にもいかなくて愛想笑いで返す。

「…なに笑ってんだよ」

拗ねたような響きで呟かれたのがちょっと意外でおどろいた。怒っているようでも具合が悪いようでもないようだ。それで安心してようやく普段通りに接する気が起きた。

「いやぁ、奥村くん具合悪いんやろかと思うてなぁ」
「具合?悪くねぇよ。むしろちょっと良いくらいだ」
「あれ、そうなん?」
「そうなん」

はにかんだように小さく笑ったのが少し可愛らしかった。だのに変わらず目はどろどろ濁っていて可哀相なくらいだ。ぐるんぐるん渦巻く何かそういうどす黒いものが彼のなかでひしめいているような気がした。口元は笑っているのに目が笑わない。感情に表情がついていかない。

「……志摩はさあ」

彼が小さく口にする。は、として目を合わせるとこちらをじぃっと見つめていた。変わらない目は決して怖くなかったけれどただ悲しくなった。彼に気を使わせたくなくて笑顔で「なんや?」と返す。

「志摩はさ、今が楽しい?」
「今?」
「そう。学校でも塾でもなんでも良いけどよ、そういうのが楽しいか?」

あまり考えたことはなかった。それでも今の生活に不満を覚えたことはなかったし、楽しいかと問われれば確かに楽しいのだろう。だから頷いた。そうすると彼は目を細めて安心したように「そっか」なんて呟く。それがなんだか酷く悲しそうに見えて苦しくなった。こんなに他人の感情に振り回されたことなんてなくて変な感じがする。よくわからないけれど、彼のことをもっと楽にしてやりたいと思ったのだけは本当だった。
とっさに放り出されていた彼の手を握る。彼は相当びっくりしたようで目をまんまるにして驚いていた。その目をちょっとばかりの青さが掠める。ただそれも少しするとすぐ元の濁った目に戻った。なんやの、どうすればええのん。わからない。

「志摩。志摩は…俺の友達、だよな」

脈絡のない質問だった。でもそれがとても重要な問いのように思えて、真剣に頷いた。彼は嬉しそうに目を閉じる。「そっか」嬉しそうに呟く。

「俺、志摩と友達になれてよかった。俺も今が好きだ、楽しい」
「嘘や」

思わず遮るように言ってしまった。でも本心だった。

「奥村くん、今すごく辛そうにしとる。それくらい俺にだってわかるわ」
「志摩、」
「ほんまのこと言えなんて言わんから、嘘はつかんといてぇな…」

縋るみたいに彼の手を強く握る。ちょっと冷たくて、でも心地好い温度だ。彼を見ると泣きそうな顔をしていて、けれど必死に我慢しているようだった。

「…泣いてええよ」
「泣いたら、目、腫れるだろ」
「知っとる?擦らんかったらそんなに腫れへんの」

だから、泣きぃ?
途端に濁った目から透明な雫がぽろぽろこぼれてきた。目は濁った色をしているのに、落ちるのは透き通っているのが不思議に思える。俺は泣いている彼の手をただ握っていた。たまにそれを撫でてやった。そうすると彼は嬉しそうに微笑む。

「志摩、俺…お前のこと好きだ」
「そう」
「…もちろん、友達としてだからな」
「…そう」
「好き」
「うん」
「好きなんだ」
「…うん」

俺も好きや。
返したら彼は笑った。泣きながら笑った。それはとても幸せそうなものに見えたけれど、同時に絶望したものにも見えた。…絶望したものにも見えた。





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