燐は大概ひとりで過ごしていた。ふらふらと頼りなさげに歩く姿は案外目立つもので捜せばすぐに見つかる。にこりともしない彼を恐れてかすすんで話しかける人間は僕ぐらいのようだったし、不謹慎かもしれないけれど人と接するのが少し面倒でもある僕にとっては都合がよかった。
昼休みに彼を捜しては二人で昼食をとった。何度も繰り返すうちに昼休みになると彼は中庭端のベンチで待っていてくれるようになって、それが人に懐かない動物に懐かれたような気になって少し気分が良かった。僕はもちろん自炊なんてできなくていつも買ったパンやら何やら不健康なものばかり食べていたのだけれど、彼はいつだって鮮やかなお弁当だった。聞けばどうやら彼の手作りのようで驚いたのを覚えている。それは栄養のバランスもきっちりしていて毎日おかずが被ることもなかったし、高校生が片手間に作るようなものには思えなかったからだ。料理が好きなのかと聞けば「まあまあ」なんて言ったけれど恐らくかなり好きなのだろう。無表情の顔にも少しだけ表情が乗っていたから。それになんだか少しだけむっとしたのに自分でも驚いた。そんなことに嫉妬するなんて自分は相当彼のことを気に入っているらしい、そのくらいにしか思わなかったけれど。



今日もいつも通り中庭に彼がいた。ぼんやりと立つ姿は存在感があるのに現実味がなくて違和感ばかり付きまとう。

「燐」

名前を呼べばふ、とこちらに振り向く。それがどことなく犬や猫のようでおかしかった。

「ごめん。待った?」
「いや、そんな待ってねーよ。今来た」

ありきたりな返答を交わしてベンチに座る。中庭端のベンチ。日当たりは良くないし正直あまり良い場所とはいえないけれどそのおかげで先に人に座られてしまうことは少なかった。
いつものように燐は弁当を、僕は買ったパンを食べ始める。食事中の会話はあまりない。食べ終わった後にぽつぽつたわいのない話をしながら長いようで短い昼休みを過ごしている。
食事後そういえば、と思っていたことを聞いてみた。

「燐っていつもそれ背負ってるよね。部活か何かの道具?」

見かける度彼の肩にかかっている暗い赤みがかった袋。細長いそれは普通竹刀やバットが入っているのだろうが、彼が持つことで何かおかしな雰囲気があったのだ。そもそも彼自身が不可思議な雰囲気を放っているせいもあるけれど、その存在がより一層彼を浮世離れしたものにしていた。やたら聞くのも良くないだろうとは思っていたのだけれどもつい聞きたくなってしまった。

「んー、別にそういう訳じゃねーけど」

俺、部活入ってねーし。
気分を悪くしたかと少し不安に思ったけれどそうでもないようだった。

「これはさ、まあ…大切なもんかな。肌身離さず持っとくくらいには」

軽く話す口ぶりからは思えないほど無表情だったけれどそれは普段通りだったので気にならない。ただ、ぼんやりとそれを眺めてため息をついたのだけは気になった。

「…重い?」

言葉を少し選び間違えたかもしれない。彼は珍しく少し驚いた顔をして「…いや」と漏らした。

「重くないけど」
「けど?」
「これを要らないって言える日がくればいいとは、思うかも」

そう言って表情は変えずに言葉だけで笑う彼は酷く小さく見える。
やはり聞いてはいけないことだったかもしれない。小さく謝ると「気にすんな」なんて言ってくれたけれど、それはその日中僕の頭をぐるぐる回ることになったのだ。





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