日向クンがご飯を食べている。前によく見た笑ったり泣いたりの表情はなく、ただ無心に食べている。つやつやの白米にわかめの入ったみそ汁、ちょうどいい焼き加減の塩鮭、ほうれん草のごま和え、出来立てのおいしそうなにおいがする。ボクはそれを羨むこともなく、縛られたまま床に転がっている。おいしそうなご飯を無表情で食べる日向クンはちょっと怖い。元々が年相応に表情豊かな彼なのだから、表情という表情をそぎ落としたみたいな顔には驚いてしまう。背筋をまっすぐ伸ばしてきれいな箸づかいで食べる。これだけお行儀よく食事する人もなかなかいないんじゃないか。身動きが取れないなかでも他人の食事姿を見ていれば案外退屈しない。それが日向クンだからかもしれないというのは、なんだか微妙な気持ちになってしまうけれど。
日向クンはおもむろに立ち上がり、テーブルの隅によけてあった丸いパンを手に取った。彼の分の食事は和食なので、多分それはボクの分だろう。案の定近寄ってきた彼の顔をじっと見つめてみると読めない顔をしている。こんな目をする人じゃあなかったのになあ…と、どこか残念に思って、それもなんだかおかしいかと思いなおした。正直にいえばどちらだってかまわない。どうでもいいのだそんなこと。日向クンが変わろうが何だろうが大した差ではない。例えば性格が変わって、瞳の色が変わって、髪の色も変わって、思考だって変わって、そんなアトカタもない日向クンだってボクにはどうでもいいことだ。元々の日向クンに意味なんてないように、後から添加された日向クンにも意味なんてないのだ。どちらも等しく無意味なのだ。それこそ無意味な思考から意識を現実に戻して彼に微笑みかける。前にうさんくさいとか気持ち悪いとか言われた笑みだ。こうやって僕が笑うたびに嫌な顔をしていた記憶があるのだけれど、さもありなんといった体で表情を変えることはない。ちょっとつまらない。それでも笑ったままでいると大きめにちぎったパンを軽く放ってきた。寝転がったボクの目の前に落ちたパンのかけらは食べるには少し遠い。芋虫みたいに這って食べてもいいのだけれど、人の目があると、というより日向クンの目があるとちょっとやりづらい。縛られていたって困るのはトイレくらいなもので、別段不便を意識したことはなかったのに。食べられないままじっとしていると、少しだけ考えるそぶりをした後日向クンは放らなかったほうのパンをボクの口元へ差し出してきた。なんだかまた微妙な気持ちになりながら、差し出されたパンをもすもす食べる。今の今まで無表情だった彼の口端が緩んで、性格悪いな、と思う。僕だって人のことは言えない。飼われているみたいだと思った。自分では食事すらまともにできないような状況で、ボクは日向クンに飼われているみたいだと。緩んだ表情を見るぶん、可愛がってはもらえているようだ。パンを食べさせ終えると彼はまた自分の食事に戻った。きっちりテーブルに着いて、義務のように食べ物を口へ運ぶ。いいや、ほとんど義務かもしれない。作業と言ってもいい。おいしそうなご飯を全くもって義務で口にしている。変わったなあと思う。それもどうでもいいことの一つだ。
日向クンが小さく「ごちそうさま」と言って、作業の食事は終わった。食器をまとめる彼を見ながら、ボクは寝転がってぼんやりする。そうやって言うと怠けているようだけれど、この体勢しか取れないだけだ。いろいろと変わってしまったのに「ごちそうさま」だなんて挨拶ばかりそのままで一体どうするというのだろう。どうもしない。
日向クン。ボクは日向クンに飼われているみたいだなんて言ったけれど、日向クンだってそうじゃないか。日向クンだって飼われているみたいだ。義務のまま出されたご飯を食べて、養われて、そうして慰みに利用されるのだ。くだらなすぎて笑えてくる。

「日向クン」

思ったのと違う声が出た。日向クンはそっと傍に座って、ボクの頭を撫でた。同い年の男子に撫でられたって、ましてや日向クンに撫でられたって嬉しくもなんともない。ちらりと盗み見ると彼が穏やかな顔をしていたのでいたたまれなくなった。どうしてボクが居心地悪い気分にならないといけないのか。ボクの髪はぼさぼさで量が多いから彼の指に絡まってしまう。それが何故かどうしようもないくらいに恥ずかしくて、落ち着かない。「なに、日向クン、やめてくれない」無視して撫でつけられた。まさか本当にペットか何かだと思われているんじゃないか。不安になってきた。
ビーッと耳障りなブザーが鳴る。いつものことながら頭に響く音だ。日向クンはそれを聞いて立ち上がり、ドアのほうへと歩いてゆく。

「あっ」

思わず声が漏れたのは何故だろう。振り返った苦笑いは前のものと何ら変わりはなかったけれど、全く嬉しくなかった。

「…手術室に行くだけだぞ」

だけなんかじゃないくせに。ボクは結局何も口にしないまま彼の背中を見送った。




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