何でここでご飯食べるんですか。と聞かれて、あなたに食事を持ってくるついでにここで自分も食べてしまえばそのままベッドでサボれるでしょう。と答えた。ナチュラルに言ってるけどそれボクのベッドですからね!?なんていつも通りの鋭い返しを聞き流しながら今朝のクロワッサンを一口含んだ。城のものなだけあって美味しい。朝焼かれたばかりだし、たとえ冷めたところで味は落ちないだろう。程良い温度のコンソメスープやスクランブルエッグとベーコンの香ばしいにおいも食欲をそそる。それは目の前の少年も同じなのだろうか、ガツガツとまではいかないもののそれなりの速度で食べ進めていた。そういえば成長期なのか。自分のは一体何年前のことだったかと微妙に嫌なことを考えつつまた一口パンをかじってみる。美味しい。自他ともに認める面倒くさがりではあるが食事は別段嫌いというわけでもなかった。三大欲求の一つであるし、欲に忠実なのはどことなく悪魔っぽい。意識しているつもりはないけれど。それでも嫌いではないという程度で、好んでいるかと言われると怪しいかもしれない。食べるより寝る方が好きだ。今オレの前で心底美味しそうに食べている少年を見ると更にその考えが深まる。食べるの好きなんだなと見ていてわかる表情だった。これと比べれば好きとは言い難い。
ティーカップが空になっていたので新しく注いでやるとにっこり笑ってお礼を言われる。オレみたいな性格のやつにはまっすぐな笑顔というものがどうにも気恥ずかしくて耐えられない。「いえ…どうも」なんて素っ気ない返しにもまた一つ笑みが向けられた。なんとなく淹れた紅茶は彼に絶賛されてしまって、こうして共に食事をするときにはなんだかんだと毎回出しているような気がする。褒められて悪い気はしないけれど良いように使われていると思わないこともない。代わりというわけでもないが食後のベッドは独占させてもらうのでおあいこだろうか。
食事を終えて一息つくとお互い好きにし始める。彼は家庭教師に出された課題をこなす。オレはベッドに入る。たまに会話はするけれど、そのまま寝てしまうことが常であるからそこまでお喋りをするわけじゃない。そもそも話をするのは苦手だし。変に気を遣う必要も感じないので、ここはかなり快適なサボり場所だった。結構な頻度で来るが、彼はいつでも机に着いて問題を解いていた。この牢屋から出るためには必要なことらしく、割と必死に勉強しているようだ。自分のためというより家庭教師に怒られないためにやっているような感じはする。
いくらか話すようになって、彼が意外とインドア派であることや、美味しそうにご飯を食べること、しょっちゅう笑うくせにその多くが変な笑みであることなど、知ることが増えた。その分気安さも増えて、相容れない部分も垣間見える。微妙に触れて欲しくないところまでズカズカ入ってくるけれど、何だかんだで許してしまえる邪気のなさが憎たらしくもあり好ましくもあり。つまりは、オレとしては、なかなか良好な関係を築けているのではないかと思っている。相手もそう思っている、はず。今更気にしたところで何が変わるわけでもなく、ただ、この関係にうまく名前がつけられないだけであった。

「…トイフェルさん、起きてますか」

ぼそりと床に落ちた言葉に、うん、だの、はい、だの適当な返事が口から飛び出た。咄嗟すぎてぴょんと押し出してしまった感じだ。確かに起きてはいたけれど突然話しかけられて驚いた。彼もぱっと出た、というように「すみません」と謝って、また沈黙が落ちる。

「ええと」

仕切り直しというように軽く装った言葉が聞こえてくる。その間問題を解くペンは止まっていて、静かだった。きちんとした部屋ならばお互いの息の音が聞こえる、というのだろうが、ここは石造りの牢屋だったのでそういうこともなく、むしろ洞窟の中にいるときのくわんくわんと空気が振動しているような音がしていた。圧迫されているのだろうか。自分とは別の生き物が側にいるというのに、まるで一人で立っている気分だ。実際はベッドで横になっているわけだけれども。

「あの、ボク、そろそろ外に出られるかもしれないんです」

吐き出された言葉は特に驚きを誘うようなものではなく、むしろ納得できるものであった。本来ならば魔力の影響を考えて彼を人間界の城の牢屋から魔王城に移送する予定だったのだが、今もこうしてこの城に残っているのは予想以上に早く魔力制御が出来そうだから、ということらしい。ならば、じきに魔力を制御できるようになり、城から出て行くと考えるのが当然だ。サボり場所が減るのは困るが、まあ仕方ないことだ。「そ、そうなんですか」と返しておいた。そこまでは予想の範囲内だった。

「そうなんです。でも今ボク、外に出る気があんまりないのでもうしばらくここにいようかなと思うんです」
「えっ」
「駄目でしょうか…」

駄目でしょうかと言われても。オレが決めることではなく王が決めることであろうし、更に言うならば彼の家庭教師が決めるべきことなのではないか。

「いやっ、別に駄目ではないでしょうが……あの人。あの人はどうするんですか」
「あの人…ああ、シオンですか。まあ何とかします」
「……ええ…?」

それで良いのか、という気はした。したけれど、まだ彼がここにいるのかと思うと、決して不快ではない気持ちがじんわりと滲む。この少年とまだこうして話せることに何か、良いと感じるものがあるのだろう。友人というには微妙な気がするが。

「もともと室内が好きっていうのもあるんですけど、他にも理由はあって」
「理由?」
「はい。みんな心配してくれているし、早く出たほうが良いのはわかっているんですけど…。でも、ここにはトイフェルさんがいますから」

随分と恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言われてしまったと思った。特に何の含みもないのだろう言葉に笑みを乗っけて投げられてしまった。
このとき、彼とオレの関係にはぼんやりと名前がつけられた気がする。友人というには少し距離があって、けれど同じ時を同じ空間で過ごす仲間。大げさに言えば、同志。くだらない関係ではあったが、それは当たり前のようにオレにとっては決して悪くないものだった。





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