扉を開けて、吊るされていた物体を引きずり下ろす。見た目よりいくぶん重いそれを適当に台の上に置いた。調味料をかけて焼くだけの手抜き料理。
昔は何を食べて生きていたのかいまいちはっきりしなかった。魔法で空腹をごまかしていたような気もするし、適当な根やらなにやらを食べていたような気もする。思い出したのは最近で、わかってしまえばただ首を縦に振るしかないようなことだった。

「戦士ー、今日のご飯なにー?」
「ユウシャサンヤイターノです」
「え、どういう意味!?」
「言わせんな恥ずかしい」
「いやいやちょっと待ってオーブンに近づけるのはやめて!」

騒ぐ勇者さんは置いておくとして目の前の勇者さんを大きなオーブンで丸焼きにする。ぶすぶす焦げる嫌なにおいがして、けれど隣の勇者さんは「美味しそうなにおい…」だとか言っていた。黒焦げた勇者さんの丸焼きを食卓に並べ、ナイフとフォークも揃えておく。「ほら、いただきますは?」ルキにお小言を言われる勇者さん。勇者さんの丸焼きの歯が見える。
いただきまーす!
どこから食べればいいのかわからないので初めは手を出さずに二人の様子を見守る。腕からいったみたいだ。バリバリ音を立てて剥がれて、外側は炭同然なのに中は赤ピンク色をしていた。なんだろう、レア?ブロック肉の中まで焼かないようなあれだ。幼女と少年が美味しそうに黒焦げの腕をむさぼる様は、ああ病んでるなと思うしかない。誰がってもちろんオレの話だ。



昔々、記憶をさかのぼること千年前。いや、自分の感覚としては数年前。オレは自分を食べて生きていた。
空腹で倒れそうになったとき。目の前に人が倒れているのが見えて近寄ってみると、見覚えのある容姿をしていて。髪を掴んで頭を持ち上げてみたら完全に死んでいることが分かる。よくよく観察しなくてもそれはオレだった。どこから見てもオレと同じで、目の下が真っ黒で肌は薄青い不健康な色。ぱさぱさした毛と落ち窪んで生気のない目が埃っぽさと恨みつらみを撒き散らしている。
そんな死体を発見して、幻覚か何かだと思ったオレは、それを食べてしまうことにした。どうしてそういう考えに至ったのかは忘れてしまった。思い出せなくてよいのだと思う。今思い出したらそれこそおかしくなってしまいそうだ。
死体を魔法で燃やし、腕をちぎって食べると獣肉の味がした。これの元はきっと鹿だとか猪だとかの生き物なのだろう。そうとわかれば見た目はどうあれただの肉。空腹の身体はそいつまるまる食べ切ってしまった。残るのは骨とどう食べれば良いかわからなかった頭だけだ。適当に散らして立ち去る。後は森の生き物がどうにかするだろう。
そうやって魔王を封印するまで自分を食べて生き残ったのだが、次に目が覚めたときには知らない子どもを食べるはめになってしまった。知らないというよりは、よく知らないの方が正しいのだろうか。王宮戦士として潜入した場所で初めて出会った子ども。勇者さん。
旅に出て驚くことは数多くあった。その中でも一番驚いたのは、勇者さんと全く同じ顔をした物体を勇者さんが美味しそうに食べるところを見たときだ。千年後では自分のようなものを食べるのが普通なのかと思い、それとなく探ってみたが違うらしい。ならオレの幻覚でしかない。そのときは封印前の自分が何を食べていたのか忘れていて、人間の見た目をしたものを食べることに嫌悪感を抱いたのだが、それでも驚くほど早く状況に慣れていったのは、今思えば封印前に自分を食べていたからなのだろう。ようは自分が勇者さんに変わっただけなのだ。
皿の上に飾られた勇者さんの頭がなんとも食欲をそそらない。ただ、口と違って素直な腹はぐるぐると鳴り、そこが空っぽであることを示してくる。何故人間は腹がすくのだろうと昔から考えてきたことを改めて思った。



「ごちそうさま!」

頭まですっかりなくなった皿を見て「おそまつさまです」と返す。昔は頭は固そうだという理由で残していたがどうやらそうでもないらしく、頭に見えているだけで実際は違うようなので彼らに続いて食べることにしている。
何の食料を調理しているかもよくわからないせいで大体丸焼きにするしかないのは困りものだった。基本的に調理は避ける。ぼろが出そうだから。今回は食事が付かない宿だったので仕方なく用意したが何とかなったみたいだ。おそらく今日焼いたのは豚か何かだと思う。勇者さんやルキの反応を見て決めている。
勇者さんは元気よくツッコミをして動き回るので今のところ食材と間違えることはなかったが、いつか間違えて本物の彼をオーブンで焼いてしまいそうだ。そうしたらオレはどうするのだろうということばかりぐるぐる考えて、ついでに腹もぐるぐる鳴って、結局答えのないまま勇者さんを食べる。おいしいね、という笑顔に、そうですね、と返すためだけに隠しているこの秘密は打ち明けた方が今よりマシになるのだろうか。
という話をしておいて、きっとオレは明日も勇者さんを食べているはずだ。







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