シオンが死んだ。ぽっくりだった。あんまりにもあっさりだったもので、拍子抜けだった。死ぬにはまだまだ若い年齢。人生まだまだこれからってところでサクッと死んでしまった彼のことを思い返すと色々なことがあったけれど涙は出ない。何てこともなく死んでしまったからショックだとかの実感が湧かないのだ。ルキもクレアさんもみんな泣いていた。ボクだけ浮いていた。ああ浮いちゃってる、薄情だって思われてるかもしれない。そんなこと本気で考えるような知り合いはいないはずなのに、冷静に変なことを考えて。
それから一週間くらいはほとんど記憶がない。正確には似たような毎日をぼーっと過ごしていたせいで特別言うことがないってだけだ。だいたい昼過ぎに起きて、ぱさぱさのパンを三口くらい。座ったり立ったり、気づいたら夜になっていたので寝た。初めは実感がなくたって一週間もすれば段々にわかってくる。シオンが死んだって。だってほぼ毎日のように会っていたから、四日も会わないとずいぶん久しぶりのように思えたのに。それが、一週間も彼の姿を見ないと落ち着かない。腰から背中にかけて通る骨のあたり、裏側を摘ままれているみたいだ。
結局ボクはシオンの死体を見る勇気がなくて、いや、あったのか?どっちだったか。とにかくシオンの死体を覚えていない。見たのか見てないのかもはっきりしなかった。仮に今から確かめに行ったってきっともう骨だろうから、あんな白くてスナックみたいに軽いものをちらっと見たところでどうやってもシオンだと思えないのがわかりきっている。身体が死んだところを覚えていないので、シオンが本当はどこかボクの知らない、行けないようなところでけらけら笑っているんじゃないのと考えた。それならさぞかしユカイだろう。つまりは死んだ死んだとさんざ言われてみんな泣いていて、ボクも彼が死んだのだとちょっとずつ実感しているのにも関わらず、なんだかシオンがまだその辺にいるような気がしていたのだ。ここがおかしいところで多分笑いどころツッコミどころなのだろうけれど誰も笑い飛ばしてはくれなかった。さすがになんとも言えない顔でうんうん唸ったり泣きそうな顔をしたり。変なこと話して申し訳なかったなあ。
とにかくまだその辺にいるはずのシオンを思うと、次の瞬間この醜態を馬鹿にされてもおかしくない。一応それなりの人間生活を送らなければ、なんて買い出しに向かおうと家を出た瞬間。
どこからともなく黒っぽい雲が集まって、ボクの頭上にピタッと止まった。あ、何かを思う間も無くどしゃ降り。髪の毛がべったり顔の皮膚にくっつく。このタイミング。この嫌がらせ。覚えがある。昔はボクが何かしようとするとしょっちゅうこんなからかいがあった。出かけようとするとタライ降ってくるようなの。それって、つまりは、多分、彼ってことじゃないか。

「…え、まさか、…シオン?」

思わず漏れた言葉に返事をするみたいな鋭い雨。ああこれは、きっと、確実に、シオンだ。
シオンは目に見えなかった。いわゆる幽霊というやつなのかもしれないけれど、彼だと思えば怖くない。ボクに意地悪ばかりしてくるのは相変わらずで、それが彼らしくて嬉しいなんて言ったら絶対馬鹿にされるから言わないでおく。ポルターガイストってこんなに楽しいんだね、知らなかった。シオンが死ぬ前とおんなじようにボクはどんどん元気になる。あの一週間と少しがマボロシだったみたいだ。ボクが朝食を作ろうとしてフライパンを取り出すと、冷蔵庫が勝手に開いて生卵を放り投げた。緩やかなカーブを描いてくれるだけありがたいけれど割れたらどうするんだ。文句を言ったら今度は剛速球で飛んできた。卵もったいないだろ!物音や何かで意思疎通もできた。イエスかノーくらいの簡単なものでしかないのに、楽しくお喋りしているような明るい気分だ。今更ながらシオンが死んだこと、相当応えていたらしい。冷静に考えれば食事も喉を通らないっていうのはかなりまずかったんじゃないか。みんなが心配してくれるわけだ。特にルキなんかは顔を真っ青にしていたっけ。後で謝らなくちゃいけないなあ。
彼が死ぬ前は別々に住んでいたので、こうやって常に一緒にいるのもなんだか不思議な感覚だった。嫌な感じは全然しなくてむしろずっとこうだったような気さえしてくる。

「なあシオン、死ぬのも悪くないかもしれないね」

冗談が過ぎたかもしれない、花瓶が降ってきた。さすがに花瓶はマズイから!




ルキが泣いている。こっちがつらくなるくらい、さめざめ。昔よりも少しばかり大人びて、小さな子どもは健やかな少女になった。この頃ますますお母さんに似てきれいになっているのだけど、こうも泣かれるとこの歳までさして女の子に縁がなかったボクはすっかり頭が上がらなくなってしまう。小さい頃ならまだしも成長した彼女の頭を気軽に撫でるわけにもいかず、行き場を失った手が行ったり来たりするしかない。

「ああ…ごめん、ごめんな。泣かないで…」

情けないのは自分でもよくわかっている。でも仕方ないだろ、女の子の慰め方なんて知らないんだ。シオンはこんなボクを絶対バカにするに決まっていて、そのことをルキに伝えればなおのこと涙が溢れた。もうボク何もしない方が良いんじゃないかな。

「なんでそんなこと言うの、ロスさんは死んじゃったんだよ、死んじゃったんだよ」
「でもルキ、シオンは確かに死んじゃったけど、まだボクたちのそばにいるんだ」
「ねえアルバさん、わたしもう子どもじゃないよ!そんな子ども騙しみたいなこと言わないで!」
「嘘じゃないよ」

嘘じゃないよ…。でもルキは信じてくれない。シオンが雨を降らしたこと、卵を投げつけてくること、物音で会話ができること。全部話しても納得してくれなかった。ここまで信じてもらえないと少しさみしい気がする。シオンも傷つくんじゃないかと思って、彼はこの子をなんだかんだ可愛がっていたから、むしろ不憫に感じているのかもしれないと思い直した。涙は女の武器だなんて言うけれど、こんなに泣いたら目が真っ赤で、まぶたなんかもすっかり腫れてしまっている。信じてもらえないだとかより、そっちの方がずっと大事だ。

「ほら…もう泣くなって。ボクまで悲しくなっちゃうだろ」

ハンカチが手元になくて代わりにティッシュで拭ってやる。より一層涙の量が増した気がした。もうどうしたら良いんだ。

「アルバ、さんは…アルバさんはもっと悲しんで…ううん、違うの、違う…」

しゃくりあげながらもどうにか話そうとする彼女の背を撫でる。このくらいしかできない。大丈夫、大丈夫だよ。声をかける。

「アルバさん泣かないから!」
「え」
「アルバさんが泣かないからわたしが代わりに泣いてるの!」

違う、こんなことが言いたいんじゃないのに!なんて意味のことを叫びながら、もう号泣ってくらいルキは素直に泣いた。ボクはびっくりしてしまって、背を撫でることも忘れたまま呆然とする。ああやっぱりばれてたか。泣かなかったこと、泣けなかったこと。だって悲しかったはずなのに涙なんて全然出てこないんだ。彼が死んだことでボクの中にいたシオンまでまるっきりいなくなってしまったみたいに、彼のための涙がひとつも流れない。ルキにもクレアさんにもみんなにも知られたくなかった。そんなのどだい無理な話だ。あはは。乾いた笑いが漏れたけれど、ルキの泣き声にかき消された。ボクの自失よりも彼女の涙の方がずっと価値があるので、当然のことだった。
ルキが帰った後、静かになった部屋でつぶやく。

「どうしてボクは泣けなかったんだろう」
「シオンが死んでボクだって悲しかったはずなのに」
「男だから、好い年だから我慢してるとかじゃなくて」
「なんだかなあ」

シオンが死んで泣けなかったけれど、ご飯は全然美味しくなかった。彼が死んだことに実感なんてなくて、それなのに、そんなことがやけに悲しくて悲しくて、それでも涙は出なかった。もう半ば諦めていたような気がする。彼がここにまだ存在してくれていることに気づくまで、ずっと彼のことを考えていた訳じゃあなくて、むしろとりとめのないことを思っていたような。あまり覚えていないけれど。シオンは泣かないボクを薄情だとは言わないだろう、優しい人だったし、茶化してからかってくるかもしれない。そういう風に、彼のことを想うのが、姿が見えない今ではもはや全てボクの妄想かのように思えていた。腹の底が冷えた。

「なあシオン、シオン。ボクさ、シオンの声が聞きたいんだ」
「一言で良いから」
「ねえ」
「シオン」

「……ロス」

見えないシオンは何も答えてくれなかった。








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