「あ、シオンだ。いらっしゃい」
「こ…こここんにちは…」

なんだこれ。一月ぶりに訪ねた勇者さんの自宅兼牢屋の中心にはドーンと机型暖房器具が設置してあった。そしてぬくぬく温まっている二人。色々言いたいことはあったがオレの仕事ではないので何も言わないでおこう。その代わり、仕事放棄している勇者さんを思い切りぶん殴ってやった。こたつに顔面を叩きつけて奇声を上げながら呻いている。あ、鼻血が出た。隣で和んでいた男は怯えからか挙動不審に身体を揺らして、視線はあちらこちらをさまよっている。オレからしてみればそっちのほうが怖いというか気味が悪い。ものすごい勢いで目玉がぐるんぐるん回ってるし。

「…っ!いきなり何すんのさ!!」

あっさり復活した勇者さんが鼻を押さえてオレに怒鳴り散らす。相変わらず耳に馴染む声だ。

「勇者さんが仕事サボってるから制裁を加えてあげたんじゃないですか感謝してください。あと何鼻血出してんですか、久しぶりにオレと会えたからって興奮しちゃったんですかこのケダモノが!」
「違うから!お前に殴られてこたつにぶつけただけだから!てか仕事サボってるって何!」

一ヶ月ぶりの会話が楽しい。この打てば響くような、というより殴れば返ってくる言葉が楽しくて仕方ない。あんまりにも楽しくてしばらくからかい続けていると、視界の端に未だ震えている黒いものが映った。

「あ、そうだ勇者さん。コイツどうしたんです。アンタらこんな薄暗い牢屋の中二人きりで熱い時間を過ごすような間柄だったんですか。何プレイですか監獄プレイですか、不潔です…」
「言い方!!ただこたつで温まってただけでしょ…」

こたつ。牢屋のど真ん中に鎮座するそれは前回訪問したときには見当たらなかったものだ。これのおかげだろうか、牢屋自体が心なしか暖かいような気がする。

「ていうかシオン、その格好見てるこっちが寒い!すみませんトイフェルさん、こないだの半纏出してもらっていいですか」
「ひゃ、ひゃい…」

震えのせいでうまく返事ができなかったのか、例の噛みまくりな喋り方で言葉を返したヤツはもそもそと動き出した。魂の魔法使い、トイフェル・ディアボロス。オレとクレアの恩人ではあったが今までまともに話した回数は少ない。というより未だに会話が成り立たなかったので碌に話もできなかったのだ。そんなヤツが勇者さんと仲良くこたつで温まっていたのだから驚いた。いつの間にそこまで仲良くなっていたのか。まあ二人とも城に住んでいるわけだし特別おかしいこともないけれど。と考えた辺りで「いや僕はここに住んでるわけじゃないからね!?」なんて目の前で叫ばれたのでとりあえず腹を殴っておく。勇者さんのくせに心を読むなんて生意気な。

「あ、ありましたよ…半纏…」

びくびくしながらも先程よりはかなりマシになった話し方で声をかけてきたトイフェルに視線を向けると「ひいっ」なんて悲鳴を上げられた。心外だ。オレはこんなにも優しげな顔をしているというのに。勇者さんが何か言いたげな目でこちらを見てきたが気にしないことにした。

「ほらっ、これ着てこたつに入って!そんなんじゃここに来るまで寒かったでしょ…」

勇者さんは母親よろしくそんな言葉を呟きながらオレを無理矢理こたつに入らせた。背中に赤い半纏をかけられたので渋々腕を通してみると確かに暖かい。こたつも絶妙な温さで足を温めてくる。これは一度入ると出られないやつだ。なんて罠をしかけてきやがるこの勇者。彼はオレの向かい側に座り込み、トイフェルはオレから見て左側に座ってきた。最終的には三人でこたつを囲む形になる。

「その半纏あったかいだろ。トイフェルさんが用意してくれたんだ」
「デュフッ…」

珍しく働いたんだな、と適当な感想を浮かべながらこたつの上のみかんを手に取った。ヘタの方から指を差し込んで皮を剥いていく。勇者さんもそれに続いてみかんを剥き始めた。

「いやあ…半纏って温かいんだけどちょっと世界観にそぐわない気がして使いづらかったんだよね…シオン寒そうだしまあこの際とか思って」
「アンタなんで役目果たさないんです。アンタからツッコミ取ったら玉子焼きの玉子抜きって言ったじゃないですか」
「いやだから無じゃないから!!他にも取り柄あるから!!」
「え…?」
「その何言ってんだコイツ現実見ろよって顔やめて!泣きたい!」

勇者さんで遊んでいる間、左隣ではだんだん慣れてきたのか好き勝手くつろぎ始めた男がこたつに突っ伏していた。腕の隙間からは「アルバくんみかん剥いてください。筋取ったやつ」なんてわがままが聞こえてくる。オレだったらボコボコにして磔にぐらいはするだろうが、勇者さんは「自分で剥いてくださいよ…」なんて言いながらきっちり筋まで取ったみかんをヤツの目の前に置いていた。どれだけお人好しなんだこの人。あまつさえトイフェルは「うーん…食べさせてください…」だとか抜かし始めたので無関係なオレでも苛立ってくる。

「もー…仕方ないな。ほらトイフェルさん、口開けてください」

「あーん」なんて言いながら剥いたみかんをトイフェルの口へ運ぶ勇者さんを見たときには正直少し引いた。なんだこいつら。今日はこの二人に驚かされてばかりいるような気がして癪だ。ヤツは素直に口を開けて勇者さんの手からみかんを食べている。「うわあ…」思わず声に出てしまった。

「え、どうしたの?」
「正直引きます」
「どういうこと!?」

自分に素直に生きることを心情としているので率直な感想を言ってやった。

「ええ…無自覚なんですか余計引きます。ウザいです流石人をウザがらせることに関してはプロですね勇者さん」
「どういうことかよくわかんないけど貶されてることだけはわかるぞ!」

そういえば忘れていたけれど今日ここに来たのはこの勇者を外に連れ出すためだった。この人はもうとっくに魔力を制御できる。いつでも、今この瞬間にでも外に出て良い。自由になっても、良い。それなのにオレとクレアに遠慮なんてくだらないことをして外に出ようとしないこのアホ鈍感勇者を説得しに来たのだ。のんびりこたつに入って馬鹿共に振り回されている場合じゃない。

「ていうか勇者さん、こたつでぬくぬくする前にいい加減外に出ましょうよ。いつまでここにいるつもりなんですか。牢屋が居心地よすぎたんですか」

そう言い放ってこたつから出ようとした。したのだけれど。

「……」

がっつり腕を掴まれて立ち上がれない。ほんと何がしたいんだこの人。「離してください…立てないでしょ」右手を握りしめて殴る準備をしていたのだが、勢いよく顔を上げた勇者さんに押されて少し驚いてしまった。

「ばかシオン!こんな寒い中外に出ようとするなんて自殺行為だよ!絶対に外には行きたくないしお前も行かせない!しばらくここで温まっていきなさい!!」

ものすごい剣幕だった。普段こういう風に言われることはなかったので思わず勢いに負けて頷いてしまった。満足気に笑って元の位置に戻った勇者さんはすでに次のみかんを剥き始めている。隣から「温かいですよ」とこたつを指差して堕落の道へと誘ってくる男もおとなしくみかんが剥かれるのを待っている。なんだか馬鹿らしくなった。言われた通りこたつに落ち着く。前からも横からも機嫌が良さそうな視線を向けられてうざったい。なんだこれ。今日だけで何回思ったかわからない感想を頭に浮かべた。





(BGM:トナカ/イクル/ス)

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