なんだかこう、どうしてというか、身体がふわふわ浮いているような心地よさと気だるさと頭の上辺りでぷかぷか漂っている罪悪感が攻めてくる。浮いているものはしばらくすれば元の位置に収まって俺を苛むのだろうと思っても今は気にならなかった。気にもできなかった。申し訳なさとそわそわする興奮と柔らかな布団に吸い込まれて溶けそうな感覚に幸福を感じてそのまま寝てしまいそうだった。地に足ついた途端この心地よさはきっと吐き気に変わってくるのだろう。嫌だと思う気持ちは今の時点では遠くの方で空気に混じっていた。虚しくなんてないけれど人恋しさは募る。もうどのくらい人と目を合わせて話していないのだろう。下を向くのが常で首が凝っても顔を上げる機会はなかった。こう一人で居る時ばかり顔が上がって思考もふわふわで怠くなってきた足はようやく現実を連れてきたようだ。


「まだ寝てるんですか。そろそろ起きてくださいよ…」

ゆさゆさと身体をゆらされて心地よさが霧散する。城の人間に朝起こされるときの遠慮ない暴力とは違い、その手は優しい。そういえば今は一人じゃなかったと頭の隅っこに浮かんで毛布を引き上げた。「ちょっと!?まだ寝るつもりなの!?」やけに大きい声が薄暗い空間に響く。それが彼のアイデンティティだとか美徳だとかは聞いているけれど関係ない。眠いものは眠い。鉄格子の向こう側からじわじわと寒気が忍び寄っていた。

「いや、あんた執事長ですよね!早く起きてください仕事!仕事して!」

ボクのベッド奪っておいて…なんてぶつぶつ聞こえてきたので顔半分だけ毛布から出して抗議する。眠いものは眠いのです。睡眠は生物が生きていくために必要不可欠なものであり今の俺に足りていないものですから寝かせてください、そうでないと死にます。というようなことを視線で投げかけてまた毛布を被った。「仕事しろ!!」剥ぎ取られた。視線だけでは伝わらなかったらしい。魔法でも第六感でもツッコミスキルでもなんでもいいから察してくれないものか。

「さむい」
「寒いじゃなくて…ああもう!このままだとボクの朝ご飯持って来てくれる人にトイフェルさんがここでサボってることバレますよ!」

それは困る。縮こまっていた身体を頑張って、それでもかなりゆっくり伸ばす。ただ起き上がるだけにしてはやたら時間をかけた。身体が重い。這い寄る冷気のせいで背中が冷えてパキッと小さく音を立てる。大きなあくびを一つしたあと横の彼を見ると呆れたような顔をしていた。別に何を言い返すつもりもないので素知らぬ顔のままでいた。彼に食事を運ぶ当番は交代制なのだが、その度にいちいちサボり場所を変えるのも面倒なので俺の仕事にしてもらおうかとぼんやり考える。三度食事を運ぶ面倒さと移動の面倒さを天秤にかけてちょっと悩んでいたら頭に浮かんだことがあった。

「変な夢をみてました」

ふと思い出したことを口にする。ぐるぐる俺の目が淀んでいるみたいな感覚の夢だった。重いくせにふわふわ浮いて、熱にうなされているときのような、水の中に放り投げられたような。特に伝えようという意図があった訳ではない言葉をしっかり受け取っていた少年は「どんな夢だったんですか?」と何気なく聞いてきた。俺も考えなしに口にする。

「あなたと寝る夢でした」

彼は少しの間目を瞬かせて「昨夜も普通にボクと寝てましたよね…トイフェルさんはベッドで、ボクは床に布団敷いて」なんて呆れ顔で言った。どこが変な夢なんですか、と案に示している態度を見る。そういう意味ではなかったのだけれど訂正するのも面倒で適当に沈黙しておいた。「…え、ボクと寝るの変なことなんですか!?なんでそんな扱い!?」相変わらずのツッコミが返ってきた。
はっきり言うと俺はこの少年のことを気味悪く思っている。性質や朗らかな笑顔そのものは嫌いではないのだけれど、どうにも現状とそれらが合わずに違和感を放っているからだ。魔力封じの札がべたべた貼り付けられた薄暗い牢屋に世界を救った勇者が閉じ込められるという現状。そんな場所で悲しみに暮れることもなく平気な顔で笑える子ども。頭がおかしいんじゃないかと懸念を抱いて初めは話しかけるのをためらっていたが、話してしまえばどうということもない。ただの子どもだった。サボりを注意してくることはあっても無理矢理追い出すようなことはしない。そんなわかりにくい甘え方をする少年。気分が悪い。食事を持って行くとニコニコ笑ってトレーを受け取る顔も。寝床を奪われることを怒りながらといえど許してしまうのも。見ていると気分が悪くなる。なら構わなきゃいいだろ、なんて同僚に言われた後でさえこうして彼に会いに来ることも。

「変です。あなた変な人ですし」
「いや、アンタに言われたくないですけど!?」

わーわー喚く声を聞き流しながら思い出す。温い肌の感触。かすかに漏れる嗚咽。汗がつたう感覚。心地よさと吐き気。ぐりぐりとした黒と赤の目玉。寝る、言いかえると彼を抱く夢だった。ふわふわ浮かぶようなものは目が覚めればきっと吐き気に変わるだろうと思っていた。実際そうなる前に彼の手で散らされてしまったのだけれど。そういえばとまた一つ思い出す。起きてから一度も彼と目が合っていないのだ。普段ならこちらから逸らそうとしなければ嫌と言っていいほど重なる視線が、気にする瞬間もないほど合わない。これはもう意図的なものだろう。夢の中でさえ重なっていたのに。あ。思い当たる。分かってしまえばどうということもない。未だに文句を言い続けている彼を無視して立ち上がる。

「…朝食を持ってきます」
「え、あ…ありがとうございます」

ぽかんと口を開けている間抜け面を流して格子に手をかけた。なんだ、俺が働くのがそんなにおかしいのだろうか。…おかしいかもしれない。ああそうだ。去り際に一言投げかける。


「アルバくん、嘘つくの下手ですね」

瞬間、カッと赤くなった顔に気が晴れる。その表情を見て初めて、この少年のことを可愛らしい子どもだと思えたのだ。



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