竹谷先輩が連絡をくれたのはそのすぐ後だった。 一週間前に飲み過ぎて反省したばかりだというのに、金曜の夜私は竹谷先輩と待ち合わせをして、会社近くの居酒屋に入った。竹谷先輩は久々知先輩と同期のよしみでこうして私のことも目にかけていてくれるが、人間らしいという意味では、私はよっぽど久々知先輩より竹谷先輩のことを尊敬している。とても付き合いやすい。 竹谷先輩は最初からビールをジョッキで煽り、仕事の疲れを溢れんばかりの笑顔で吹き飛ばしていた。 「っあー!やっぱ仕事後のビールはうめぇ!」 「竹谷先輩色々飲めるんですね…羨ましいです」 「佐々木は?さっきから甘いのばっか飲んでんじゃん」 「私はこういうのしか飲めないんですよ」 と、グラスに入ったカシスソーダを流し込む。子供っぽいと何と言われようとも、私は学生の頃からこれが好きなのだ。 竹谷先輩はお酒の他にもおつまみをあれこれと注文し、およそ二時間という短い時間を、笑いながら楽しく過ごさせてもらった。自分が飲む分はちゃんと払おうと思ってたのに、結局奢られてしまって。駅まで歩いて行く途中、私はまたよたよた歩きで竹谷先輩に寄り掛かってしまった。「先輩…すみません〜」 「いーっていーって!俺こそ飲ませ過ぎたみたいで悪いな!」 「いえ、そこはちゃんと自分でも自己管理できてるはずですから……お酒おいしい」 「おいおい、さすがにこれ以上飲んだらヤバイぞ」 「わかってますよーぅ…っあ、」 「おい、大丈夫か?」 「大丈夫れす大丈夫れす」 「何か心配なんだけど…佐々木さえ良かったら、どっかで休んでいくか?」 と言って竹谷先輩が視線を促したのは駅前のラブホ街で。私はいつの間にかこちらの方に歩かされていたらしい。ぐいっと、竹谷先輩の腕が私の肩を抱いて支える。 「…先輩、結構ストレートですね」 「まぁな」 「何もしないって言うなら、入ってもいいですけど」 「俺の言葉信じちゃうんだ?」 「…竹谷先輩は、多分ダメですね。何か、本能に忠実そうな気がします」 「ははっ、正解」 その言葉の直後、私の唇は竹谷先輩のそれで塞がれていた。アルコールの苦い味がする。こんな道路の真ん中でディープキスなんて、と思っていたら、場所が場所ゆえに通行人はほとんどいなかった。いてもみんな見て見ぬ振りだ。 「…竹谷先輩、言ってなかったですけど私、今生理なんですよ」 「え、マジで?」 「マジです。…だからどうにか私をホテルに連れ込んだとして、私はご遠慮したいなぁと思うんです」 「あー…それは仕方ねぇよなぁ」 竹谷先輩はガシガシと頭をかき、諦めて駅の方へと向かい始めた。といっても駅はすぐ近くで、今私たちがいるホテル街を突っ切った方が早いので、少し視線をさ迷わせながら歩く。ホテルの前を通る度に「なぁ、口だけでも無理?」とどこか期待した竹谷先輩が聞くので、私は「今喉の奥を突かれたら確実に胃の中のものが逆流しますよ」と言ってやった。どこまでヤリたいんだこの人は。 「まぁいいや。また誘うから、そん時は最後まで付き合ってくれよ」 「それはその時になってみないとわからないですねぇ」 「俺、これでもお前のこと気に入ってるんだ。彼女になってくれたら嬉しいし」 と、竹谷先輩は突然の爆弾発言をかます。私はびっくりして酔いも覚める気分だった。本当に覚めるはずはないけど。 「まぁ…一応考えてみます」 「そうしてくれ」 「でも、あんまり期待しないで下さいね」 何せ私は自分でもわかってるくらい、ちゃんと付き合ってきた人なんて数える程しかなかった。 だから、竹谷先輩の申し出は大変嬉しく、そして戸惑っている部分が大きい。竹谷先輩は優しくて、彼女にしてもらえたら本当に幸せなんだろうな…とは思いつつ。物事を素直に考えられない自分がいる。 「それじゃ、今日はご馳走様でした」 「気をつけて帰れよ」 「はい、竹谷先輩も」 私たちは駅のホームで別れ、それぞれ別の電車に乗った。 その時の私はもう眠いわ竹谷先輩の言葉が気になっているわ、で正直他の事まで頭が回らなかった。だから気付かなかった。携帯に、何度も久々知先輩の連絡が入っていたことに。 私は帰宅すると、疲れてそのまま眠ってしまった。 ← → |