「あ、見て見て兵助君!」

何気なく開いたカーテンの向こう側に、ちらりちらりと粉雪が舞っている。暗闇に溶け込むようなその白は、ガラスの向こう側で少しずつ降り積もっていた。

「ん、どうりで寒いと思った」

「…コタツに蜜柑が妙に似合うよね、兵助君…」

烏天狗の妖怪である彼、久々知兵助君はどうにも寒いのは嫌いらしくコタツに入り込んだまま微動だにしていない。去年の冬まで寒さの厳しいであろう山で暮らしていたとはまるで思えない篭りっぷりである。渋々カーテンを閉めて、私も兵助君の隣へと潜り込んだ。確かにこの何ともいえない温かさは虜になるしかない。コタツを生み出した日本人万歳。

「それにしても…なんやかんやともう年明けちゃうね」

「そうだな」

「今年も早かったなぁ…っていうか濃い一年だった」

そう呟いてこの一年を振り返ってみる。兵助君が16歳になった私を迎えに来て、一悶着ありながらも何と烏天狗な兵助君と婚約してしまった私、佐々木リョウ。随分思い切ったとは思いつつも、後悔はしていない。こうして傍らに座る兵助君は、妙にコタツと蜜柑が似合う変わった妖怪だけれども、優しいし何より私を好きだと言ってくれる。…たまに強引すぎるところもあるけども、まぁそこは大目に見よう。

「俺は今までで一番いい年だったよ」

「へ?」

「だって、リョウとの約束もこうして果たせたわけだし」

じいっと兵助君がその烏の羽のように黒い瞳を真っ直ぐに向ける。吸い込まれそうなその視線から逃げられなくなった私は、顔がカッと熱くなるのを感じると同時に何とも言えない危機感に背筋がひやりとする。このパターンは、いけないパターンだ。

「あ、うん…そ…そうだねぇ」

「でもやっぱり、一年じゃまだまだ足りないし、俺はもっとリョウのこと知りたい」

「プ、プロフィールでも書きましょうか…!」

「そうじゃなくて、」

「兵助、くん…あの…、」

コタツから半身を乗り出して、じわじわと迫ってくる兵助君に私の頭の中はいよいよ警鐘が鳴り響きだす。当初に感じていたあの嫌な予感が的中、兵助君の行動パターンが分かるようになったと喜びたいところだけどもこれはちょっとそれどころではない。っていうか何でこの一年も終わるっていう時までこうなの兵助君…!最早覆い被さってると言っても過言ではないこの体勢のまま、押し倒されまいと最後の最後で踏ん張っているのは私の肘である。顔を引きつらせながらコタツから抜け出して逃げ腰の私を見下ろしながら、兵助君は余裕綽々とでも言いたげに笑う。途端に、ぶわりと一瞬風が起こって、反射的に私は目を瞑った。ここは室内だ、窓でも開かない限り風なんか吹くわけがない。だとしたら原因はひとつしかない。突風に意識を持っていかれたその瞬間をまるで狙ったかのように、私の最後の砦は敢え無く突破され、ぎゅうっと両の手のひらを取られ、視界は天井へと移り変わっていた。頬をくすぐるのは、零れ落ちた漆黒のその長い髪。天井を写す私の視界すらをも埋め尽くすように、黒い烏の羽が広がった。そして、烏天狗姿の兵助君が私を覗きこみながら、優雅に微笑む。

「もっとリョウのこと、教えて」

その一言と、近付く兵助君に私の頭は真っ白になりながら無意識に瞳を固く瞑った。




「相変わらず、お熱いねぇ〜」

「!?」

ギクリと私と兵助君の動きが止まる。聞き覚えのありすぎるその声に、閉ざしていた瞳をカッと見開けば、押し倒す兵助君と押し倒された私というシュールな場面を頬杖を付きながら見つめる尾浜さんの姿があった。

「うわあああ!?何でここに!?」

「…勘ちゃん、あとちょっとだったのに…」

「ごめんごめん兵助、そんな呪い殺しそうな目で見るなって!」

カラカラと笑う尾浜さんに、私も兵助君も思わず脱力する。渋々といった様子で私の上から引き下がった兵助君に実は安心してしまったというのは内緒の話だ。

「あ、」

「尾浜さん!!」

一瞬嫌な予感がして、尾浜さんの口に蜜柑をぶち込む。視線で余計なことは言わないでくださいと訴えれば、もがもがと呻きながらも首を縦に振っていた。それでも油断ならない。じいいっと穴が開くほど見つめていれば、兵助君に顔をガシリと掴まれてその大きな羽に無理やり埋められた。く、首が…!ぐきっていった!

「で、何しに来たんだ勘ちゃん」

邪魔されたのが不愉快なのか何なのか、仏頂面を全開にして兵助君が尾浜さんへと訪ねる。羽根からどうにか抜け出した私は今度はぎゅうっと抱きしめられて今度は兵助君の胸に押し付けられる。もう嫌だ。何だというんだ一体。耳だけで拾った尾浜さんの笑い声は、何だか苦笑にも聞こえる。

「そんなに怒るなよ兵助、それに来てるのは俺だけじゃないよ」

「はぁ?」

「それと、リョウちゃんが苦しいってさ」

「あ、」

ごめん忘れてた、と力を緩めて私の顔を覗き込む。忘れてたで窒息死したら私はとんだ笑い者である。いい加減にしろよと兵助君の頬を捻りあげて、ようやく若干うざい兵助君から解放される。


「おーい、ハチー、雷蔵、三郎ー?まだ来ないのー?」

「え、」

「…みんな揃ってなんなんだよ一体…」

窓の外へと声を掛けた尾浜さんに、私と兵助君は思わず顔を見合わせる。次の瞬間、窓の外から恐る恐るといった様子で部屋の中を覗う三人の顔が現れた。なんかみっちりしてて怖いんですけど…仕方なく窓の鍵を開けて三人を室内へ招き入れる。

「…勘右衛門、お前…よく堂々と入っていけたな…」

「だから僕は今は入るのよそうって言ったのに…」

「兵助明らかに怒ってるだろうが…」

「えー?大丈夫だってー」

げんなりした様子の三人とからっとしている尾浜さん。どうやら他の三人は空気を読んで外で待機していたようだが、尾浜さん一人は気にすることもなく突入したらしい。まぁ、もうとりあえず寒いからさっさと中へ入ってもらおう。

「で?みんな揃って何しに来たんだ?」

「いやぁ、邪魔するつもりはなかったんだけども」

「今日12月31日だろう?どうせならみんなで年越ししようって話しになって」

「じゃあ兵助とリョウの所までいくか!ってなって」

「来ちゃいましたぁ〜」

へらりと笑う尾浜さんに、みんな揃って苦笑する。なるほど、そういうわけで遥々小山からこんな町まで降りてきたというわけか。傍らで兵助君が大きく溜息を吐いているが、私としては危険満載な年越しよりもこうやってみんなで楽しく年越しする方が楽しくていい。

「まぁまぁ兵助君、みんなで一緒に年越しとか…賑やかでいいでしょ?」

「リョウ…」

「私は楽しいよ」

「リョウがそう言うなら…」

ようやく纏っていた刺々しいオーラが消え去り、尾浜さんを除いた全員で安堵の息を吐く。つ、疲れる…。今年ももう終わると言うのに妙な疲労感に襲われ、私はこっそり溜息を吐いた。しかし我が家のコタツにこの妖怪大集合の絵面…妙な違和感がある。妖怪ほいほい機能でも備わっているのだろうかこのコタツ。ぬくぬくとコタツの暖かさに感動している彼らを見渡しながらぼんやりそんなことを考える。迷わせ神の雷蔵さんに妖孤の三郎さん、鵺の竹谷さんに覚の尾浜さん。そして、烏天狗の兵助君。

今年は、波乱万丈で少しばかり奇妙で、それでも楽しくて幸せな一年だった。


「3・2・1…、あけましておめでとうー!!」

「今年もよろしくね」

「あ、除夜の鐘だー」

「兵助、お前この鐘聞いてちょっとは煩悩消して来い」

「これは人間の108つの煩悩だろ、俺は妖怪だから関係ない」

「兵助…今年も煩悩全開で行く気満々だね…」

「ご愁傷様だな、リョウ」

「あはは…」

三郎さんの哀れみの視線に、苦笑で返しながらふと傍らの兵助君を見上げる。強引だけども優しくて、時々非常識で抜けてるところもあるけれど、この先ずっとこうして一緒にいられればそれでいい。

「あけましておめでとう、今年もよろしくね兵助君」

「よろしく、これからもずっと俺の傍にいて」

そう言ってほんのり微笑むと、今年最初のキスが落とされた。



風立ちぬ番外編
淡雪




「新年早々イチャつくなよ兵助〜」

「煩悩丸出しじゃねぇかお前は!」

「まぁ、これが通常営業だよね」

「なぁ、蜜柑食ってもいいか」

「…兵助君、今年の目標はTPOを考えるだね…」

「?」



終!!






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